哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais (par un Spinoziste Japonais)

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

「親米保守」はいまや「現実」主義ではなく冷戦懐古主義である

西部氏の追悼記事が続々と出てきておりますが、ある程度著名な方の西部論は出揃ったところで改めて考察してみると、保守の方も左派(=リベラル)の方も、西部氏が「保守」でありながら「反米」であり続けた理由が結局わからなかった、あるいは「唾棄すべき旧思想への固執」としか見えなかったといわんばかりの論調が目立つようです。

無論私は平成生まれの「ゆとり世代」ですし時局の評論をそれほど熱心に読んできたわけではない上に今は海外にいるので西部氏がこれまで何を言われてきたのかそれほど詳しく知りません。ですが、「反米」が決して「旧思想への固執」ではなく、むしろ「親米」の方が「今はなき90年代までの冷戦構造への哀愁」なのであって、むしろ日本側の傲慢な帝国主義的「上から目線」を廃した現代版の「アジア主義」の方が一周回って最先端であり、それ故に戦前の大川周明のような「右翼」は今こそ見直されるべきであるということを改めて論じておきたいと思います。

1. アメリカにとって「日本」は「オワコン」である

まず、21世紀の常識の大前提として日本人が踏まえておくべきなのは、アメリカにとってもヨーロッパにとっても「日本」はもはや外交戦略上は「どうでもいい」国です。多分、保守の方が「親米」になってしまうのは、日本が欧米諸国に見放され、どうでも良い国だと思われているなんて思いたくない、「日本は戦略的に重要な国なんだ!」と思いたい気持ちがあるせいもあるのではと邪推していますが、これはもはや「現実主義」ではありません。本当に「現実」を見ているなら、日本はもはや世界第二位の経済大国ではないということを直視すべきです。今その地位にあるのは中国であり、かつ中国はアメリカにとって経済的な競争相手ではあっても政治的な敵ではありません。そもそもアメリカが対日戦争を断行したのは「中国を守る」という建前の下においてであり、そこにおいてアメリカの姿勢は一度もブレていません。中国はアメリカの「政治的」敵ではないのです。オーストラリアやカナダが今更親日感を持って日本にすり寄ってくるのは、アメリカが対中戦略においてもはや期待できないことを豪州・カナダ側が十分に理解しているからです。日本人はいざとなれば日本をアメリカが守ってくれるとかアメリカの核の傘が有効な抑止力になっていると思っているかもしれませんが、実際のところ中国は単に日本という搾取し放題な経済大国の存在を便利でそのまま存続してくれれば良いと思っているから何もしてこないだけで、アメリカの核などあってもなくても関係ないです。中国は日本と違って「人命」を重視するような国ではありません。むしろ皆さんご存知の通り、戦後の中華人民共和国は政策的に人口削減したり(一人っ子政策)、気に入らない政治的敵対者を大量に殺害したり(文化大革命)、文化の異なる民族や宗教集団は民族や教団ごと物理的に壊滅させようとしたり(チベットやウイグル等の弾圧)してきました。仮に核戦争になったとしても、そういうことが平気で出来る中国指導層にとっては「愛国心を最高潮に鼓舞するチャンス」でしかなく、つまり国家的団結心が高まり支配が容易になるだけで、指導層がその事態を本気で恐れる理由がありません。つまり「建前」としてはアメリカを恐れているように見せかけていても、「本音」の次元で恐れているはずがないのです。むしろ中国を破壊されたら困るのは既に中国に相当額を投資しているWall Streetや新橋のビジネスエリート達や、中国経済に大きく依存しているヨーロッパ諸国です。言い方を変えれば、The Economistを含む大手リベラル系経済メディアの読者層です。政治を動かすのは基本的にはこの層なのですから、対中戦争など仮に中国から日本にしかけてきたとしてもアメリカが参戦するはずがありません。むしろ日本が本気で中国を攻撃しはじめたら世界(及び国内メディア)は日本を痛烈に批判するでしょう。逆に中国が日本を実効支配するというような暴挙が仮に現実化したとしても、ウクライナ介入時あるいはクリミア回収時のロシアに対する批判程度のものが向けられるだけで、それ以上ではないでしょう。それが「現実」です。

加えて、中国本国の力の肥大化と中国人人口の欧米諸国における増加傾向を直視すべきです。イスラーム世界の影響力とムスリム人口の欧米での急速な増加を直視すべきです。そして韓国の外交戦略が欧米の「政治的正しさ/Political Correctness、以下PC」や「社会正義(Social Justice)」といった理念を巧妙に利用した実に賢いものだということも理解すべきです。ポイントは、アメリカも西ヨーロッパの先進諸国も、もはや白人だけの国ではないということです。また中国の国際社会におけるプレゼンス及び中華系の欧米社会におけるプレゼンスはともに日々強くなっており、かつこれを脅威と感じている英米系の白人側(トランプ氏など)は日本人をも「敵」の陣営にあるとしているので、先進諸国の中で日本を一応中国とは別物として分けて考え、感情的に敵視しない集団がもしあるとすれば実は大陸ヨーロッパ系(といっても基本はドイツとフランスだけですが)の非ビジネスエリート層の白人だけです。というのも彼らだけが「マナー」だとか「教養」だとかいった古いヨーロッパ的な価値観をいまだに持っていて、それを辛うじて共有できる数少ない集団のひとつとして日本人を見ているからです。ただ、アメリカや中国などのゴリゴリのビジネスエリートから見ればそういった懐古的な欧州人も日本人もとうの昔に化石化した「オワコン」なんです。

2. 冷戦後の欧米社会の激変とそれに伴う日本の大学の空気感

前項の最後のポイントは重要なので執拗に思われるかもしれませんが改めて解説します。ベルリンの壁が崩壊してから既に30年近くが経とうとしていますが、この30年で西欧諸国は激変しているのであって、今40代から上の世代の方の知っておられる「ヨーロッパ/アメリカ」ではもうないのです。例えばフランスでは、使われなくなったキリスト教会が続々とモスクに作り変えられ、今のパリの若者の間で流行っているフランス語の俗語表現はアラビア語に支配されています。つまりあの「傲慢な」フランス人がフランス語の「英語化」どころか「アラビア語化」を許しているんです。フランス人もアメリカの「くだらない」sit-com(situation comedy)を見ますし、逆に古風な「フランス映画」や「文学」などもはや誰も見ても読んでもいません。第二次世界大戦の歴史なんて、学校ではヒトラーがユダヤ人を大量虐殺したこと(すなわちホロコースト)を中心的に教わるのでその他のことに関してはヨーロッパの若者はほとんど知りません。「日本が好き!」という西欧人も増えてきていますが、そういう彼らの多くは歴史など知りもしないし興味もなく、ただ「アニメ」が好きだったり「j-pop/k-pop」が好きなだけのいわゆる「weaboo」であって、同じ「親日」でもシラクのように真面目に日本の「伝統文化」が好きだったり、歴史や国民性を知った上で敵ながら敬意を持っていたと言われるチャーチルとは全然違うのです。こういう「親日家」は、むしろ倫理道徳や政治思想などの次元では無批判に欧米の常識を普遍的なものだと思っているので、実際日本に来たら平気で日本の「後進性」を痛烈批判したりします。そういう発言が気に触るので「外国人が嫌いだ」と思われる方も恐らく既に多いでしょうが、彼らに悪気は全くないんです。別に「反日」なわけではない。ただ無知であるか、あるいは単に「日本の論理」があまりに「世界の常識」とかけ離れているので「教えてあげないとかわいそう」だと思われているだけです。

ところが日本人の中では「世界の常識」が書物の中のそれであったりして、下手に「受験勉強」でこれを一生懸命覚えたりしたものだからこれが「真実に違いない」と思って頑なに現実の西欧人の発言を疑ったりする人が案外多いのではないでしょうか。まあ別にそういった形で「世界の常識」を「知識人コミュニティー」という日本の中でも特異なガラパゴス離島の内部で自家生産するのは構いませんが、それが外から見てどれほど滑稽で不毛なことかを認識せずに「現実主義」を標榜することが許される時代では流石にもうありませんよとだけ忠告させていただきたい。

さて、このように日本において「世界の非常識」が「常識」として跳梁跋扈している中、ある程度外の情報を受け入れる程度に心が開かれている若者がいざ西欧の「現実」を知ってそれまで彼らが「常識」だと思っていたことが全くそうではないとわかった時、どうなると思いますか?彼らは当然日本の全てをバカにするようになりますよ。日本における比較的高圧的な教育文化に対する反動と重なって、若者は日本の「知識人」、中でも「保守派/愛国派」を特に軽蔑するようになる。それは日本が嫌いになるからとか中韓に魂を売ったからなんていう理由ではない。単に「現実を見ていない保守」が彼らには「バカにしか見えない」からです。加えて、大学に入れば「学習指導要領」に従った文科省のお墨付きの「行儀の良い教育」とは打って変わって、例えば山口二郎氏のように「アベ政治」を痛烈に批判する人が山ほどいる(一応念押ししておきますが、山口二郎氏は法学部の基準で見れば決して変わり者ではありません。むしろあのくらいが法学部では「普通」であり、「常識」であり、言葉遣いはともかく思想的に山口氏と同じ方向を向いていない教授を探す方が難しいです)わけで、「お前は人間じゃない」とか「叩き斬ってやる」とかいう過激な表現も「安倍首相」のような特定の(=保守派の)「権力者」に向けられたものなら「権力勾配」の論理で「許される」かのような空気が醸成されている。逆に「安倍首相」を自分自身権力に関係があるわけでもないのに擁護しようものなら一方的に誹謗中傷を食らうだけで何の利益もないので、そんなことは仮に内心保守的な感情を持っていても公に言いたくないと思わせるだけの「偏り」というのは日本の大学にも既に十分にある。

そういう状況なわけですから、名門大学に通っているのに堂々と「保守」宣言が出来る学生というのはよほど「ネットに毒され」ていて現実が見えなくなっているか、あるいはものすごく冷徹な理性を持っていてかつ勇気もある人、そしてある程度の権力的バックグランンドのある人(例えば有力保守政治家の子孫や既に保守系論客として売り出している人など)くらいのものです。つまり物凄い勝ち組と物凄い負け組という両極で、「普通の人」はまずそうはなりません。というかなれません。よく考えてください。大学の先生が思いっきり反保守(あるいは少なくとも反安倍)の姿勢を明確にしているのに、敢えて保守を選ぶことが普通の優等生に出来ると思いますか?それは無理ですよ。「優等生」なんですから。学校にそもそも縁のない人ならまだしも、学生である以上はよほど傲慢で自分の知性に自信があって、人を食ったような学生でなければ「リベラル」に正面から逆らおうなんて思いもしません。ネットで陰口を垂れ流すくらいなら出来るでしょうが、正面切って実名で反リベラルを宣言するのって結構勇気のいることです。既存の「保守」に迎合するつもりもないなら文字通り孤立無援なので尚更です。そして、これに関しては欧米でも全く同じか、これの数倍は厳しいです。もう日本人の想像できる範囲ではないということをまず理解してください。つまり日本人が「南京事件はなかった」だとか「中国人は日本から出て行け」なんていうノリで、欧米人が「ホロコーストはなかった」だとか「ムスリム(あるいは移民)は欧州から出て行け」なんて言っていたら真面目に退学させられ、恐らくその後一切の国際企業での就職も出来なくなります。冗談ではありません。これらは明確に「ヘイト・スピーチ」と規定されており、大学の法規で退学にできる上、国によっては前科がつきます。無論そんなことは誰もが知っているのでわざわざ在学中にこんなことを言う人はいませんし、そもそもそういった思想とは真逆の方向を向いているのが普通なので実際にそういう事件が起こるのは稀です。

というわけで、一応こうした「リベラル界隈の空気」は別に「ガラパゴス」でも何でもなく、実はあれこそが「世界の常識」なんだということを一応認識してください。といっても、私は「だからこれに従え」という暗示をここに込める意図が全くないということもご理解ください。むしろ、そもそも「常識」や「正統派思想」というのが現代という時代においてもいかに愚かで無益なもので有り得るのかということを如実に示す実例として紹介しているだけで、かえって「常識に従え」という方針そのものがいかに非合理で根拠のないものかということを例証しているに過ぎません。こんなことを逐一言うのは無粋だと思って今まではっきりとそうは言ってきませんでしたが、この際はっきり申し上げさせて頂くならば、私の国際情勢の報告というのは上述のものも含めて基本的に全部諧謔です。まあ私がどういう人間かを現実に知っている方や西欧人の方が読めば言われなくてもわかるはずのことですが、そうでない方に結構誤解されているようなので一応念を押しておきます。

 

ということで、私の姿勢が少しは理解いただけたでしょうか。文章を書く際にはあまり行儀の悪い表現ばかり使いたくないので難しい言葉ばかり並べているようですが、私は自分の文章を基本的には「コメディ」だと思って読んでもらえることを期待して書いているつもりです。むしろ私の「コメディ」が笑っていただけないようなら、日本の知識世界の惨状は文字通り笑えないなというのが私の正直な感想です。ということで、私のような本質的に諧謔的な人間から見ると親米保守の皆さんもなかなか高級な冗談を言っておられると思ってこれまで流してきましたが、まさか本気ではないですよね?仮に本気なら、それ全然笑えませんよ。マジでそういうのもう良いです。正気に戻りましょう。「保守」であるなら、いい加減憲法も日米安保も地位協定も全部改正しましょう。アメリカにも中国にも韓国にもロシアにも、そして国内の「売国勢力」にも等しく同程度の剣幕で「巫山戯るな」と言いましょう。日本の「常識」にも「世界の常識」にもあるいは「保守界隈の常識」にも簡単に身を任せるのではなく、自分の頭で何が本当に自分自身の利益になるのかを時間と労力の許す限り考え抜きましょう。