哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais (par un Spinoziste Japonais)

英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

西部邁先生を偲んで - 西部先生の「明るいニヒリズム」と現代の若者の「暗いニヒリズム」

西部邁先生が亡くなられたということで、まだ呆然としています。

しかしただ呆然としていても仕方がないので、何か書こうと思います。

 

と、まるで先生のことを個人的に知るかのような口ぶりで始めてしまいましたが、事実としては別に私は西部先生に会ったこともなければ個人的な縁もゆかりもありません。ただ、時折たまたま目に入った評論などを読んで、西部先生が伝えようとすることに無名の読者として何となく共感していたという程度です。

 

まず、私が西部先生に興味を持ったのは例の東大駒場騒動のこと、そしてこの時西部先生に反対した折原浩氏と羽入辰郎氏のウェーバーに関する論争の過程などをざっと読んで、直感的にこの西部という人は偉い人だと思ったことです。

 

私はどうもドイツ系の思想家を研究する学者のこういう妙に権威主義的なところ(これは日本に限らない)がダメで、カント研究者とかが特にダメ(最近だとこれがロールズ研究者に変わりつつあるが、ロールズはカントの影響を強く受けている)なのですが、その意味で西部先生の基本姿勢は理解できます。中沢新一という方は何やらオカルト的なオーラが出ていて私にはよくわからないのですが、そういう怪しい方向へ行ってしまう人へ向けられがちな冷たい目線を、西部先生はあくまでくだらない偏見だと思われていたのだろうと推測しています。

 

とはいえ、高校生の頃の私は「保守」と名のつくものとは何となく距離を置いていたので、西部先生が「保守論客」であると知ってからは「そうか。。」という感じで微妙に避けていました。しかし西部先生の場合は元々左翼活動家だったことも知っていたので、普通の「保守」とは違うというのはわかっていましたし、そういう意味では西部先生に対してはそんなに「偏見」は持っていなかったんです。むしろ「保守」であるからという以上に、「大衆的なるもの」への批判の視座を持っていた人が結局大衆に対してある種の「妥協」をしてしまっているように見えたことが、単純に悲しかった。実際西部先生の文章はいつも何か深い悲しみに彩られているのを感じました。否、読んでいると私自身悲しくなってくるのであまり読まないようにしていたんだと思います。まあ、「私の年齢でこんな絶望に打ちひしがれていてはいけない」、という感じですね。 

 

尤も、今となっては逆に実は私の方がよほど悲観的だったのかもしれないと思います。「言論は虚しい」。西部先生は口癖のようにそう随所で語っておられましたが、それでも先生は言論人であり続け、言論人として曲がりなりにも名声を築いた、私から見ればいわば一種の成功者です。それは西部先生の思想にも反映されていて、先生はどこかでまだ希望を捨てていない気がしました。虚しいとはいいつつも、案外虚しくもなかったと思える結果に繋がってくれればという願いがあった。もしかすると世間的にはそこに先生の言論の「真価」があるのかもしれません。否、恐らく今後きっとそういう「論評」や「研究」が出てくるでしょう。そして50年もすればそれが定着するのでしょう。

 

ですが、それはやはり西部先生がまだ古い時代の方だから、つまり先生はもっと現実と関わり、現実の生きた人々と盛んに交流する中で言論をされてきたからそう思えたのではないか、と私などは考えてしまう。現代の「若者」の場合、そういう生き方が出来る人は非常に少ない。知識人となれば尚更です。少子化の時代にあって、実は水面下で拡大しつつある同世代間の「格差」の現状を横目で見て見ぬふりをしつつ、あるいは賢明な大人の手によってそこから予め「隔離」され、非常に狭い「知的エリート」の世界で、ひたすら間違った方向に激化する受験競争というゲームの勝者の側に入ることを目的に(あるいはそちら側へ余裕で入れているが故の「余裕」を自尊心の糧とする為に)勉学をしてきた我々の世代の「知識層」というのは、そもそも西部先生の時代の方のように同級生を「同士」だと思うことが出来ない。実は我々にとって同年代など畢竟「競争相手」でしかないのです。競争を勝ち抜けば勝ち抜くほど、勝ち抜けなかった「友達」との関わりが薄れていく。中学受験あるいは高校受験、大学受験、そして就職の三段階で、「エリート」は徐々に友人を減らしていく。かつそれはきっと就職後も「出世競争」というものがある限り続いていくはずです(私が就職していないので何とも言えませんが)。こんな風に完全に資本主義的システムにそうとも知らずに遊ばれている我々は、「連帯感」なんてものを持ちようがないのです。「そんなのは負け組のためにあるんだろう」と、エリートは本能的に拒絶してしまう。それこそ自分自身が本当に負け組に身を落とすまでそんなものには目もくれない。

 

こうしてエリートはエリートであり続ける限りどこまでも孤独であるという呪いを背負います。しかも、この呪いはエリートがエリートでなくなったからといって解けるわけではありません。「負け組」の世界もまた、まさに大学の偏差値ランキングのように常に序列があって、つまり永久に競争に晒されるのには変わりないのです。「左翼」が日本の若年層において本質的に成立できない理由のひとつはこれです。我々は完全に「序列観」によって分断され、「横並び」意識を持てなくなっている。日本のエリートは「シールズ」などを見ても冷笑を浮かべながら「お前もそんな成績じゃいつかあちら側だぞ」とお互いに皮肉を言い合うことしか出来ないのです。

 

この呪縛から解放される手段があるとすれば、それは何らかの手段で大金持ちになるか、あるいは海外へ出ることです。国は別にどこでもいい。とにかく外へ出ればこの序列的思考から一瞬でも抜けられる。抜けられはするが、行き先が西欧、特に英語圏だと帰国した際にはそれ以前の経歴に関わらずなぜか序列のトップ層に入れるようになる(らしい)ので、本人達はただ留学による英米的価値観のおかげで序列意識から解放されたと思っていても、実は留学のおかげで周りが「トップ」の座を無条件に認めてくれているから「解放感」を感じられているに過ぎず、序列そのものは残ったままであることに気づかない。あるいは気づいても今度は絶対的トップの立場から見ればこの序列は便利でしかないのでこれを無理に壊そうとするよりはとことん利用する。こうして「偉そうな留学経験者」のステレオタイプ通りの人間が出来上がっていくわけです。

 

更に付言すれば、彼らの多くがイデオロギー的にライト・リベラル(つまり静かに非リベラルを侮蔑するだけで、表には出さない)になるのはいうまでもありませんが、保守になる場合でも基本的な「上から目線」の姿勢は同じです。つまり彼らの「保守」は資本家の保守、共和党の保守、自民党の保守であり、要するに「既存権力の保守」、すなわち保守系のEstablishmentの一部となるだけであって、別に貧困層の声を拾い上げる「極右」になどは決してならない。また理解もしないし示さない。「こんな下賤な狼藉共が保守を名乗るなど失敬千万である」くらいに思っていたり、現にそう言明される方も決して少なくない。

 

では本当の貧困層を代弁する声はどこから来るか、というと、これが誠に悲しむべきことに誰にも知られていない怪しい宗教団体とかだったりするんです。そういう意味で、西部先生の慈悲心というのが実に寛いものだったということが中沢さんの一件でよくわかります。西部先生だって海外経験がございますから、こういうところをやはり感覚的に理解しておられたのでしょう。そういう偉大さを西部先生は持っておられた。またそれこそが先生が敬意を込めて「真の保守」と呼ばれる理由のひとつであろうと思います。

 

しかし、先生の歩まれた道は決して楽なものではないし、かつ先生お一人の力のみでそれが可能であったわけでもないかもしれません。時代もありますが、何より先生は周りの人間を巻き込む人格的魅力を持っておられた。それ故に意図せずして多くの人の支えを得られた部分もあったのではないでしょうか。これは、しかし現代の若者には容易に真似できないことです。今現在「若手」として重宝されている「論客」の方々は、年上のお知り合いは多いのでしょうが、同年代や年下にどれほど支持され、支えられているでしょうか?逆に西部先生の場合はその経歴や思想上、年上の支持を得ることなんてなかったでしょう。先生は常に同年代や下の世代を感化する手本として自ら孤独に、しかし「下から」支えられつつ歩まれた。だが我々の世代の「有名知識人」はそうではない。「下から」の支えなどないんです。我々の言論というのはあくまでいつかは我々より早く世を去られる年配の方々に支えていただくことで成り立っている。

そこに気づいている「若手論客」は、何となく自分の言論に「未来」がなく、その意味で「空疎」であることを感じているはずです。かつそこに関しては右派も左派も同じでしょう。根本的に過去志向的、上の世代志向的な「若手」の言論人の感じる「先のなさ」というニヒリズムは、その意味で下の世代を感化し続けた西部先生の「明るいニヒリズム」とは根本的に異なるものです。

 

西部先生の死は、この意味で「暗いニヒリズム」の時代の到来を告げる悲しい知らせとなってしまったという感じがします。これは西部先生の責任ではなく我々が悪いのですが、しかし先生の放っていた微かな光がこうして消えてしまうと如何に日本という国の思想界というものが「暗い」かを改めて実感させられる思いです。それ故に私は悲しい。遂にこの時が来てしまったかと、暗澹たる気分です。