哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais (par un Spinoziste Japonais)

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

日本に哲学なし?(新年のご挨拶もかねまして)

読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。

皆様におかれましては、本年度も益々ご健勝いただかれることを切に祈念し申し上げる次第です。

 

さて、新年早々ではございますが「わが日本、古より今にいたるまで哲学なし」*1と中江兆民が嘆いて100年以上経った今でも、「日本人に哲学はできない」という種の偏見が人口に膾炙しているように思います。*2 他方で、自らがその第一号になろう、あるいはその数少ない一人になろうと志しておられる哲学者も案外ネット上でちらほら見かけます。それも、そういう人の中には哲学を大学で勉強したわけではないが自ら哲学書を読んで独学した、という素人タイプだけでなく、大学で哲学に関する教鞭をとっておられる方や博士号を持っておられる方なんかも案外いるのです。*3 

 

私自身は別に大学で哲学に関して教育を受けることが哲学者として必須であるとは思っていませんが、一応世間的に「プロ」として通用する方が、割と基本的な「哲学とは何か」という点に関して素人の方と同じような考えを持っている(かもしれない)というのは面白い事実だと思います。これはもしかすると、「日本に哲学がない」と思われているのは「哲学」が何なんのかそもそも理解されていないからかもしれないと思ったので、以下にとりあえず私の考えを示しておこうと思います。

 

哲学とは何か ー 基礎知識(歴史的知識)編

まず、「哲学」とは西周がギリシャ語の単語「φιλοσοφια/philosophia」の訳語としてつくった造語ですが、とりあえずギリシャ語のphilosophiaとは何か、という点から行きましょう。philosophiaの起源はギリシャであるというのは今ではすっかり定着していますが、実はこれはLaertius Diogenesというギリシャの愛国者のレトリックです。笑 日本語では「ギリシャ哲学者列伝」(英語では The Lives and Opinions of Eminent Philosophers)として知られる彼の著書の冒頭でDiogenesは、『哲学の起源は「野蛮人(=barbari、具体的にはペルシャ人、インド人、アッシリア人あるいはケルト人など)」にありとする者があるが、それは厚顔不遜な無知なる見解であって、全ての哲学の起源は同時に全人類の起源でもある我がギリシャである』(注:これはあくまで私がざっくり纏めた意訳です。)、と言っています。(正確な文言についてはBook1, I-IIIを参照のこと。以下にフリーの英訳があります。)

 

人類の起源がギリシャであるなどという考えを今日公にするようなギリシャ人はいないでしょうが、なぜか哲学の起源の方はLaertius Diogenesのギリシャ発祥説をそのまま継承しているのは滑稽です。なぜこんなことになっているのでしょうか。

 

まず第一に考えられるのは、哲学=ソクラテス-プラトン-アリストテレスという「アカデメイア派」びいきの見解が存外浸透しているという、理由です。第二に考えられるのは、哲学=科学的思考一般=ギリシャ起源(具体的にはイオニア自然哲学)という見解が基になっているという理由。換言すれば、前者は「哲学」を「倫理学、あるいは人生の意義などについての思索」と狭義の意味で捉える見方で、後者は哲学を「科学的学問全般」と広義の意味で捉えているともできるでしょう。

 

確かに、宗教とは独立に「善とは一般的に何か」という問いを立てたのは記録の残っている限りではギリシャ人が最初という説には一定の説得力がありますし、また自然科学の起源はイオニアにあるというのも今の所は科学史における常識です。しかし、我々が今日「哲学」と呼ぶものの範疇はこの二つだけでしょうか?つまり、「(自然)科学」と倫理学だけでしょうか?

 

違いますよね。まず、「形而上学」というのがあります。この内に「神学」を含めてもいいですが、またそれとは別に「論理学」があります。当然、「数学」もあります。こういった形式科学的な、純粋に理性的思考のみによって成り立つ学問、これも「哲学」の範疇にしっかり入っているのではないでしょうか。

そして、形而上学、論理学、数学という3点セットに絞るならば、この三つがものすごく発展したのはまずインドです。アラビアやエジプト、中国にも数学はありましたし、日本にも和算がありましたね。論理学に関しても、これをギリシャで発展させたのは主にピタゴラス派やエレア派などのイタリア学派で、ギリシャ(アテネ)からはメガリア派がエレア派の影響で出てきたのと、さらにそれを批判的に継承したアリストテレスくらいのもので、ルーツは地理的には現在のイタリアにあります。ちなみに日本にも外来思想の影響とはいえ、南都六宗の学徒は人知れず結構頑張って仏教論理学を研究していました。形而上学に関しては、それこそ全ての民族が何らかの形而上学的伝統を持っていますが、体系的に発展されたものに限ってもギリシャのみならずペルシャのゾロアスター教の体系、インドのヴェーダの諸体系、中国の老荘や儒学の易経、そして東アジアにおける仏教の諸体系やユダヤ・キリスト・イスラーム系神学など結構ありますし、かつそれぞれ一応それなりに独立のルーツから成立しています。

 

ということで、この後者の意味での「哲学(論理学+形而上学+数学)」は割と同時発生的に世界中にギリシャのそれに対応するものが存在していたし、今日でも存在するのではないでしょうか。勿論、数学や論理学の発展の「度合い」は常に同じではないし、形而上学の複雑性も内容も地域によって異なるでしょうが、そもそもこの意味での「哲学」、すなわち先験科学(a priori science)は何らかの形で存在しているはずのものです。経験科学は意識的に創造しなければ存在しないでしょうし、倫理や法律も人間や社会が「制定」しなければ無いも同然でしょう。これらはともに「a posteriori」だからです。たまに倫理は先験的(a priori)であるというカントのような哲学者もいますが、これは私は畢竟誤謬だと思っています。というのも、もし倫理=社会規範であるとすれば、社会なくして倫理はありません。だから「自然状態」(ホッブス的な意味で)において、すなわち自分一人しかいないという架空の状態においては、倫理も道徳もないわけです。ところが「社会」というのは決して先験的に固定的なものとして与えられるものではなく、常に動態的で変容するものです。そして社会の変化はそのまま倫理の変化をもたらしますから、この意味で先験的倫理などあり得ません。従ってカント的な倫理学に対するアプローチでは、良くて「どんなに社会が変わろうと、社会が社会である以上は必ず要請せざるを得ない、不変の倫理の大原則」を明かすことができるのみで、具体的な場面でどうするのが最善かということには全く答えることができないか、あるいはできたとしてもそれは当事者からみて全然見当はずれに見えてしまうだろうと私は考えます。

あまりカント批判ばかり展開しても仕方がないのでこれ以上はやめますが、とりあえず私は倫理学は先験科学ではなく、あくまで経験科学に属するものという風に理解し、かつそうした理解に基づけば倫理学も自然科学も経験科学であり、ギリシャ発祥の知識体系、あるいはギリシャ特有の知識体系とはすなわち経験科学であるということになるわけです。そして、経験科学とは区別される先験科学、すなわち狭義の「哲学」は、勿論ギリシャにもありましたがそれはソクラテスやタレスのそれではなく、エレア派やピタゴラス派のそれであり、かつこの意味での「哲学」におけるプラトンやアリストテレスの貢献は他の学派や文明の哲学者と比べてさほど目立って大きいわけではありません。

プラトン=ソクラテスの名声はその倫理学にあり、アリストテレスは自然科学の基礎をつくった点にあるわけで、「先験哲学」における卓越性ではないのです。(尤も、アリストテレスの論理学への貢献はかなり大きいですが、彼の功績は百科全書的に当時存在した様々な見解を批判的に検討して本にまとめたことで、何か現代においても擁護できそうな説を唱えた点ではありません。)そして形而上学だけに限れば、むしろ現代思想との親和性という意味では仏教系の方がギリシャ系より遥かに親和的でしょう(大陸哲学は大乗の唯識系、分析哲学は説一切有部などの実在論系)し、逆に近代思想との親和性ではエレア派の方が親和的で、かつこれはインドのバラモン教学や老荘道家思想、あるいはその影響下で成立した「格義佛教」ともかなり共鳴します。

というわけで、哲学=先験哲学という理解をするならば一応非ギリシャ系の哲学は結構あるのですが、では日本の「哲学」はあるのでしょうか。

 

これは、実はあまりないです。笑 しかし、重要なのはこの意味での「哲学」は英語圏にもないということです。皆さんも、イギリスの「哲学」というと何かしっくりこないような違和感を感じませんか?「イギリスの哲学者」って誰が浮かびますか?Roger Bacon, John Locke, Thomas Hobbes, David Hume, John Stuart Mill, Bertrand Russellなどがメジャーどころとして上がってきそうですが、この人たちは本当に「先験哲学者」でしょうか?というのも、今上に挙げたのは全員経験論者及び倫理・政治哲学者だからです。笑 イギリスといえば経験論ですが、経験論というのはその立場上先験的知識を丸ごと否定するのですから、彼らは意識的に「先験哲学」を知識ではないとして否定しているのです。その点、イギリス人の「(先験)哲学=形而上学」に対する態度と日本人の「哲学」に対する態度はかなり似ています。要するに「どうでもいい」んですね。笑

 

ではなぜ日本には先験哲学に対する否定的な見方が浸透しているのでしょうか、というと、まず仏教の影響を無視することができません。中国人というのは先述した通り、一見即物的と思われがちですが案外先験的な思考が出来る人たちで、彼らには彼らの「哲学」があります。そして、だからこそ彼らは「仏教」を最終的に「論破」し乗り越えてしまいました。かつそれは既に格義佛教の時点で生じた現象です。つまり、彼らは初めて佛教思想と出会った際、どうしてもその非合理な論理展開が気に食わず、あくまで合理的な実在論として再構築し、「これこそ真の仏教である」としてしまいました。とはいえ、インドから来た仏教徒はこのことを苦々しく思っており、何度となく「間違い」を正そうとしますが、その度に様々な形で反発にあいます。こうしたやり取りの中で優れた形而上学にまで昇華した中国系の実在論的形而上学は、やがて宋学や朱子学にまで影響を与えますが、それはすなわち「仏教」が「仏教」でなくなることを意味し、つまり仏教思想はあくまでアンチテーゼとしてしか捉えられず、「テーゼ」としては最初から流産していたのです。とはいえ、一応「仏教」の本来のあり方を尊重し、それをそのまま残そうと考える中国人たちも勿論いました。しかし彼らにとっても仏教とはどこまでも理屈の通らない非合理なものであると理解されていたのは同じで、従ってこの場合はむしろ「非合理故に我信ず」的なノリで擁護されたのです。その結果仏教は極端な非合理主義として先鋭化され、こうして成立するのが「禅」です。今日でも我々は理解不能な非合理なやりとりを「禅問答」と言いますが、初期中国禅の偉人がどのような人生を送ったかをみれば一目瞭然なように、まさに非合理を極めることに救いを求める宗教として仏教は残ったわけです。日本でもこうした中国禅本来の側面を部分的に受け継ぐ禅師として一休宗純がいますが、日本では一般には禅宗とはもっと荘厳で厳しいものと捉えられていますよね。これは禅宗が武士の宗教として公式化したからに他なりません。日本禅は仏教思想である以前にまず武士の宗教であり、その限りで純粋に日本的な宗教なのです。そして、この日本的な武士のエトスという側面を最も強く持っているのが例えば道元であり、同じく日本的であっても武士よりは庶民のエトスという側面を持つのが沢庵などです。

 

ともかく、仏教、その中でも大乗、そしてさらにその中でも「禅」の本質は合理的思考の拒絶ないし超克であり、その土台の上にある種非合理な部分を含む倫理規範である武士道や日本の庶民の現実生活規範を取り込むということを日本の禅師達は行い、これが日本禅として成立します。この過程で、合理性=利己性、非合理性=利他性という倫理的価値の区分も浸透していき、合理主義的な発想は常に倫理的批判の眼を向けられるという土壌が出来上がるわけです。確かに合理主義は利己主義と親和的であり、しばしば合理主義者は利己主義(egoism)を倫理思想の要とする場合が多いのですが、これを全く拒否してしまうところに仏教思想を内面化した中世以来の「日本的思考」の特徴があるわけです。

 

ところで、合理性というのは単に利己主義の基礎となるにとどまらず、およそいかなる先験哲学も合理性の追求という動機なしには発展・複雑化しません。そして、いかに武士や農民が非合理主義と利他主義を称揚しても、こうした非合理な思考法に基づく身分秩序によってその経済力に関わらず不当に社会的地位末端へと位置付けられた商人達はあくまで自分たちの職業を全うする為に合理性を追求せねばなりません。ということで、日本においても商人階級から続々と合理主義的思考を展開する人が江戸時代あたりから出て来ます。彼らの中には和算に貢献するものもあれば、形而上学を嗜むものもあり、その中でも山片蟠桃、富永仲基、荻生徂徠および徂徠学派随一の(倫理的)合理主義者(と私が思っている)海保青陵などは第一級の合理主義的哲学者と言えるでしょう。山片蟠桃の唯物論的思考は注目に値するのは当然ですが、富永仲基による仏教の脱神話化と徂徠による朱子学の相対化は倫理学や神学的な文脈において極めて重要です。三浦梅園はその難解さからか比較的孤立していますが、これも一種の合理主義哲学と見て良いでしょう。本業が医者であることから、デカルトに比することができるかもしれませんし、その素朴で無欲な思想家としての生活態度や背景となる思想が道家的な方向を向いていることからスピノザに比してもいいかもしれません。また海保青陵の個人の合理的な私益追求が結果として社会全体の福祉を向上する「大仁」となるという発想は、スピノザの「利己即利他」論(e.g. E4P35C2)を思わせます。 いずれにせよ、日本にも合理的な先験哲学は江戸中期ごろには既に十分に胎動していたのです。

 

しかしこれはあくまで「商人」や一部の天才的思想家の個人的な営みに留まり、それが社会に影響を与えるには至りませんでした。というのも商人は一応身分の上では最下層であり、社会秩序は依然として武士階級や農民の秩序観によって支配されていたからです。そして、武士階級は江戸時代を通して朱子学、あるいは朱子学的な陽明学に拘り続け、庶民の間には同時に仏教思想が浸透していきます。こうして仏教的な非合理主義=利他主義と朱子学の「上下の別」的な秩序観の組み合わせという「形而上学」が形を整えていき、かつその影響は林羅山の「昌平坂学問所」が「開成所」を経て東京帝国大学へと名称を変えても、「東京帝国大学」内に依然として残存し続けるわけです。というのも、最初期の開成所は当然ながら朱子学者およ朱子学の教養を持つ洋学者で占められ、その後急速に庶民の入学が進んでも大学における「知的権威」が朱子学的思考を持っているということは、日本においては十分な制約として機能したからです。

 

こうして朱子学+仏教的非合理主義という桎梏を背負ったまま出発した近代日本は、中江兆民の時代にもまだ「非合理」極まりなかったというわけです。ただ、中江兆民が求めた哲学というのは「天地性命の原理」を詳らかにするもので、そうだとするとむしろ中江兆民にとっての「哲学」とは自然科学のことを指しているようにも読めますし、あるいは単純に「理」を窮する論理的思考によって展開される先験哲学を指しているとも読めるので注意が必要かもしれません。*4

 

とはいえ中江兆民自身は自然科学者ではありませんから、やはり兆民はあくまで論理的に構築された理解の体系を製作する作業を哲学と理解していたと仮にしておきましょう。とすると少なくとも三浦梅園は一応この要件を満たしているような気もしますが、あるいは朱子学や旧思想に対する批判が弱すぎる、と兆民は言うかもしれませんね。また兆民は井上哲二郎や加藤弘之といった「西洋哲学の紹介者」達に対しても批判的ですので、やはり兆民が強調したいポイントは自ら論理的な理解を構築するという点だという気がします。*5

 

日本に高度な先験哲学/合理哲学はあるか?

さて、前置きが非常に長たらしくなりましたが、兆民を納得させるような「哲学者」は、現代の日本にいるでしょうか?私自身よく知りませんが、とりあえず世間に知られている範囲ではこれは実際結構怪しい部分があるような気がします。といっても、私が個人的に知る範囲では、現在の日本の大学における西洋哲学研究の質は決して低くありません。特に大陸哲学系の研究は進んでおり、また日本の歴史的経緯により、あまり日本の「哲学科」に偏りがない点は良い点だと思います。というのは、例えばフランスやドイツだと大陸哲学一色、逆にイギリスやアメリカだと英米分析哲学一色になりやすいのに対し、日本では両方が同価値のものとして、別にどちらが上とも下とも決めることなく扱われている感があるので、西洋哲学全体を冷めた眼で冷静に見えやすい環境があります。とはいえ個々の研究者が自分の対象に集中していて他を考慮していなければあまり意味がないのですが、それでも研究者間で全く違う価値観を全く違う言語を通して受容しているというのはすごいことです。実は、英語圏で大陸哲学を研究する人というのは非英語圏の哲学でも大抵英語翻訳でしか読みません。「我々は語学屋じゃなくて哲学者なんだから語学なんて出来なくてもいいんだ」ということらしいですが、これを日本人の哲学研究者が耳にすれば吃驚するのではないでしょうか。なにせ、日本の哲学科の大学院入試では外国語(英語ともう一つ)が必須ですからね。まあ、フランスの哲学者なら恐らくラテン語は出来る人が多いでしょうが、ギリシャ語やドイツ語ならもしかすると翻訳でしか読んでいないかもしれません。ということで、案外ちゃんと全部を原語で読もうするのは日本の哲学研究者くらいなもので、西欧では平気で翻訳で済ませている場合が結構多いわけですね。それほど西欧、特に英語圏では「独創性」(originality)や論理性(structure)、明快性(clarity)のみに価値が置かれ、語学力などあってもなくてもどちらでも良いもの扱いなのです。笑 実際こちらの先生方は私の語学力に驚愕していますが、だからといって私の「哲学」の成績が英語しかわからない他のイギリス人より良くなどなりません。あくまで英語で、どれほど論理的かつ明快に、独創的視点で読解し論じることができるかという点だけが重要なのです。

日本ではそもそもそんな発想自体が強調されていない気がしますが、どうでしょうか。仮にもし日本における唯一の「哲学」の方法が、西洋で言えば「歴史的研究」あるいは「文献学(philology)」の次元のものであり、従ってそもそも大学等における教え方からして、つまり「哲学」とはなんたるか、どうやるものかという点からして理解が異なっているのであれば、日本から哲学が生まれるわけがないのは当然ではないでしょうか。

しかし、これは別に日本人には哲学が出来ないということを意味するわけではありません。例えば、八木沢敬教授は日本語母語話者ですが、ロンドン大学(University College)からプリンストン大を経て現在はカリフォルニア州立大で教鞭をとっておられます。*6 それ以前の経歴を私は知りませんが、八木沢教授はクリプキのNaming and Necessityを邦訳されていますので、日本語話者であるのは間違いないです。つまり八木沢教授は日本語話者でも(分析)哲学はできるという一つの実例といえるでしょう。

ただ、別に本格的なアカデミック分析哲学者にならずとも、大陸哲学風の偉大な思想家として、ヨーロッパの思想家と十分に肩を並べられる人なら何人かいます。私は例えば先ほど挙げた三浦梅園や荻生徂徠、海保青陵、富永仲基および山片蟠桃はそうだと思いますし、また近代なら北一輝は名前の通り一際(政治的合理主義者として)光っています。丸山真男もある種サルトル的な行儀の良い「日本の良心」的な地位にありますし、廣松渉も赤とはいえ独創的でかつ日本風に現象学的なのが面白いです。同じ路線で、京都学派の西田幾多郎や九鬼久造ら、後は和辻哲郎や鈴木大拙、梅原猛なども「日本風」の思想家に数えられるでしょう。とはいえ、丸山以下のこうしたアカデミック系の思想家・哲学者は少々大陸ヨーロッパの影響を受けすぎているか、あるいは古い日本の仏教的非合理性あるいは儒教的秩序観から脱しきれない部分があり、むしろ北一輝や前近代の思想家達と比べて見劣りがする感は否めません。恐らく西欧人視点から見るなら「日本の哲学」として研究する価値の高いのはこういった西欧と東洋を意識的に組み合わせタイプよりも道元や空海といった日本思想そのものである思想家や、あるいは逆にそれを克服しようとした山片蟠桃、あるいは大日本帝国の影として沈んだ北一輝(日本風ファシスト?として興味深い)や、謎の多い戦後のフィクサーとして名高い安岡正篤(かつての儒学的伝統の名残を現代に伝える人物として興味深い、ただし安岡氏は陽明学者であり儒学者ではない)などだと思います。庶民の思想を代弁するという点では小林秀雄や吉本隆明を挙げてもいいかもしれません。このように、しっかりと西洋哲学を理解した上で、日本におけるcounterpartは何かという視点で探せば「日本の哲学者・思想家」は実はいくらでもいますが、緻密な合理的思考の建造物としての「哲学」を持っている人が非常に少ない(というか有史以来今日まで三浦梅園、そしてもしかすると山片蟠桃もギリギリ数えられるかもですが、多くてこの二人しかいない)のも確かです。しかもこの二人の思想は日本社会に全く影響を与えていないので、全体としての「日本」は非合理な思想や思考に満ち溢れる理不尽極まりない社会として継続してきている、という風に多くの人は感じ、それが故に「日本に哲学なし」という嘆きが100年以上も繰り返されるというわけでしょう。

 

まあ、もし必要なら私が日本初(?)の自称本格的スピノチスト/Spinozistとして、単にスピノザを研究するのではなくスピノザであれば言うであろうことをこれでもかというほど言いまくることで日本社会にもう少し合理性をもたらすことを試みる運動をやってもいいですが、多分誰からも歓迎されないと思うので控えておきます。笑

 

それでは、「真の哲学者」を目指すみなさん、是非これからも頑張ってください。

そして「哲学などいらん!」という皆さん、親の脛をかじりながら役にも立たないことばかりして平気な顔をしているどうしようもない親不孝者の誹りを免れることの決してできそうもない我々哲学徒をどうかお許しください。

 

こんな私ではございますが、本年度もどうぞよろしくお願い申し上げます。 

*1:兆民の発言に関しては、以下リンクを参考・出典としています。本来二重引用はタブーですが、文献が手に入りにくい状況なのでご容赦ください。また、この論文はグーグルにひっかけたら出てきたもので、タイトルさえついていないので著者名がわからないことからリンクを貼るだけとしますが、著者が参考としているのは 中江兆民『一年有半』『日本の名著 36 中江兆民』中央公論社、1984年、364-365とのことです。

*2:例えば、以下のリンク先記事などです。あるいは2ch系の掲示板でもこうしたスレッドはよく見られます。例えば以下

*3:例えば、以下の河村次郎さんのブログ記事からはそうした傾向が見受けられます。

*4:出典は脚注1に同じ。以下ibid.とする

*5:ibid.参考のこと

*6:この情報は以下のリンク先を参考にしています