哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais (par un Spinoziste Japonais)

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

自分の考える「真理」を理解してもらうことの難しさ- Hayy ibn-Yaqzanの「真理」観

最近Ibn TufailのHayy ibn-Yaqzanの英訳を改めて読みました。この本は現実的にも歴史的にも色々と示唆的です。Hayy ibn-Yaqzanのメインテーマは理性のみに基づく「独学」という形で得られる知識の可能性を示すことですが、今回はHayy ibn-Yaqzanのサブ・テーマと私が勝手に思っている、「真理」を理解してもらうことの難しさ、あるいは哲学者の議論が決して終わらず、また時に激越になり得るのはなぜかということに関して論じてみたいと思います。

 

さて、皆さまも恐らく「学者」という人種にプライベートで接したことのある方なら、「学者」というのは変わり者で、場合によっては「精神的に幼い」と感じられたことがあるのではないでしょうか。

 

インターネット上でも、学者同士で一見非常に幼い口喧嘩のような罵り合いを展開している方々も頻繁に見受けられますし、実は行くところに行けば現実世界でもそういった光景やよく見られます。例えば、知る人ぞ知るあの「羽入・折原論争」などは、こうした「学者同士」の論争が部外者から見て如何に幼い(と一般的に思われそうな)ものであり得るかということを示す非常に良い材料です。言うまでもありませんが、もちろん人格的に優れた「学者」の方も大勢いますし、私個人的としては羽入教授や折原教授が精神的に幼いという気は毛頭ないということを最初に断っておきます。ただ、本来人格的向上を目的とする(とされている)仏教者の間、それも日本史上でも最も尊敬される空海と最澄という二人の人格者の間でさえ、こうした小競り合いのような「喧嘩」はやはり生じたのです。また、都合上私は「文系」特に哲学系に焦点を絞りますが、理系でも勿論同じことが言えます。歴史上でも例えばニュートンとライプニッツの例などが有名です。ゲーデルが自分の命に差し支えるほど人間不信に陥ったのも、必ずしも彼個人の資質のみが問題だったわけではないでしょう。

 

従って、本稿では世間一般の眼から見て「幼い」と思われそうな形での激越な議論がなぜ学者間で生ずるのか、という点を考察してみたいと思います。今回私が指摘したいのは、「自分が根本的に疑い得ない絶対的真理として受け入れている信条を理性的に擁護する」ということの根本的不可能性です。

 

学者、特に哲学者の場合、どんな考えに対しても理性的に「対話」し、いかなる信条もドグマ化することなく、常に穏やかに異質な思想に対して「寛容」であることが求められる、という固定観念が世間では広く浸透していると思います。実際、「真の哲学者」というのは、ソクラテスのような「無知の知」を「体得」していなければならない、というのは、実は教養のある哲学研究者の間でも何となく基本的前提として受け入れている場合が多いのではないでしょうか。

 

にも関わらず、現実には全ての「哲学者」がそのような「無知の知」という倫理的原理を常に実践しているわけではありません。なぜでしょうか?

私は、これは、いかなる哲学的議論といえども何らかの根本信条(ドグマ)を内包せざるを得ないからだと考えています。ドグマを内包しない唯一の方法は、懐疑主義(scepticism)あるいは不可知主義(agnosticism)の立場をとることです。が、懐疑主義そのものがひとつのドグマであるとするなら、ドグマではない思想やドグマを一切含まない議論は不可能であると言えますし、そもそも認識論上の懐疑主義が支持し得る立場なのかというのも疑問です。

 

例えばソクラテスの「無知の知」というのは、それ自体がドグマである限りにおいて完全な「無知」ではあり得ません。しかしこれをドグマ化しなければ、「無知の知」は必然的に無限遡及に陥ります。つまり、「無知」の「知」の「無知」の「知」の「無知」の「知」の...と永久に続けることができるということです。無限遡及に陥った議論というのは基本的には「理性に反する(contra rationem)」ということで退けられるので、ソクラテスの「無知の知」立場は、もしこれが認識論的立場として表明されたものならば、理性に反した非合理的な懐疑主義(scepticism)であるということになります。

 

従って、哲学史に名前を残すような人たちは、まさにソクラテスや他の非合理的懐疑主義者という例外を除けばむしろ何らかの「知」を、つまり「ドグマ」を、誰よりも強く求め、そしてそれを獲得したと信じた人達です。哲学(philosophia)は「無知」を愛すること(phil-agnoia)ではなく、「知」を愛すること(philo-sophia)」なのであり、哲学者はnescience(無知)を憎みscience(知)を好むのをその本性とするのです。そうだとすると、哲学の父は実はタレスであり、パルメニデスであり、あるいはアリストテレスであって、ソクラテスではあり得ません。ソクラテスは、彼が認識論上の懐疑主義者(epistemological sceptic)であると理解される限りにおいて究極の「反哲学」の父であり、「無知」 を是とする民衆的感情を代弁する非知識人のヒーローです。

 

ということで、そもそも「哲学者は自己の無知を確信していなければならない」というのはある種の「ソクラテス主義」という偏見であるというのがまず一点です。加えて言うならば、ソクラテス自身のソクラテス主義はあくまで「倫理学」、あるいは「善とは何か」という特定の問いに関してのみ主張されたものであり、認識あるいは知識一般についても同じことが言えるとまでは主張していません。つまり、ソクラテスの主張はあくまで「善とは何かを知らぬのであれば、『我は善とは何かを知らぬ』と知ることの方が、それすら知らぬことよりも善である」というものであって、「我は真理などない、あるいはあっても知り得ないという真理を知っている」というものではありません。前者は倫理学の深遠さを表現するものとして筋が通りますが、後者は自己言及のパラドックスを犯しています。

後者の主張は、敢えて分けるならば、

1. 真理はない

あるいは

2. 真理はあるが、知り得ない

というものですが、これらはいずれも

3. (真理は知り得ないという)真理があり、それを私は知っている

という主張と矛盾する、ということです。

従って、ソクラテス的な「無知の知」を倫理学の範疇に留めず、認識論にまで応用しようとするところに誤謬が生ずるというわけです。さて、ドグマというのは、それが絶対的に正当化され得ないからこそドグマと呼ばれるわけですが、以上の議論で明らかなように認識論あるいは真理論における懐疑主義というのは常に自己矛盾を孕む、決して自己の論理で自分自身を正当化できないという困難(aporia)を抱えた立場である限り、ドグマとしては他のドグマよりも一段不利あるいは劣等なものです。従って我々は理性的(rational)でありたいのであれば、こうした懐疑主義(scepticism)とは異なる立場を必然的にとらざるを得ません。では他にどのような立場があるかというと、大雑把に言えば最低三つは考えられます。すなわち、英国およびイオニア系ギリシャ哲学の伝統である経験主義(empiricism)、これに対立するフランスおよびエレア派系ギリシャ・イタリア哲学の伝統である理性主義(rationalism)、また宗教を信じる場合、知識の根拠は啓示によって示された神の言葉の記録である「聖典」であるという啓示主義の立場です。

 

ところが、経験主義と理性主義(及び啓示主義)はいずれも畢竟ドグマであって、いずれかを絶対的に正当化する究極の根拠はありません。しかも、この三つのうちのどれをとるか、あるいはこの三つのいずれとも異なる立場をとるかというのは、それらの真理性云々というよりも文化や個人の資質や性格傾向などによって決まっているかもしれないわけなのですが(注:これはbig claimです。笑 なので異論ももちろんあると思いますが、長くなるので今回は詳しく論じません)、例えば一度経験主義を信奉すると(意識的にでも無意識にでも)決めてしまった人は、決して他の立場の方が正しいかもしれないとは思えなくなってしまいがちです。同様に理性主義者は経験主義者がどこまで行っても理解できないし、理性主義者も経験主義者も啓示主義者が全く理解できない(et vice versa)のです。これら全ての立場を「総合」し、それぞれに一定の妥当性を認めるという折衷主義の可能性も有りうるのかもしれませんが、そうした折衷主義をとるにしても、必ずどれか一つのドグマが基軸になっているはずです。

 

例えば、宗教家ではあるがあくまで聖典と矛盾しない限りで経験科学を受け入れるという立場は、啓示主義を基軸に経験主義を制限的に受け入れていると言えるでしょう。逆に経験主義者ではあるが、経験的に実証できないことに関しては、経験的に実証できる事実と矛盾しない限りで啓示の主張を受け入れるという伝統的イギリス人の「良識」の立場も考えられます。またよく知られているように、啓示の代わりに「理性」を経験と矛盾しない限りにおいて認めるというのがカント主義ですね。理性主義者の場合は啓示主義に対して妥協することは不可能ですが、経験主義を理性に反しない限り受け入れることは無論可能で、むしろ多くの理性主義者はこの立場をとるでしょう。いずれにせよ、このように折衷的な立場と言っても必ず特定のひとつの立場が基本的立場として中心に据えられているはずなのです。

 

従って、仮に部分的に他の立場を受け入れていたとしても、根本の基本ドグマを異にする者同士では、真にお互いを理解することは決してできないし、また自分の基本的ドグマの欠点というのは、それを信じている人にはどうしても見えにくいわけです。だからこそ異なる意見を持つ者同士が議論し合うことでお互いに初めて「欠点」に気づき、これを再論難しようという試みが永久に続くことでそれぞれの議論が「深まり」より精緻になっていくのですが、しかし結局のところ議論は精緻化しこそすれ、どちらか一方が負けを認めることはなく、最終的な結論は永久に出ません。なぜなら哲学者というのは自分の基本的立場をそうコロコロと変えたがらないし、むしろそういうことが最も出来ない人達である場合が多いからです。というのも、どんな哲学者でも、自分の最もprimordialな基本的立場を疑うことは決してできないし、教育を受けた、あるいは知識のある哲学者なら自分と相手の根本信条が何かを既に十分に意識的に自覚しており、その上で論理を自分の立場を擁護する手段として使っているからです。ある程度の批判的検討を経て自分の立場を磨き上げた哲学者達は皆自分の基本的立場が揺るぎない真理であると信じざるを得ないわけですから、その真理を見ることができない相手が同じ哲学者を名乗ることが気に食わないのは当然です。

もちろん、異なる意見を「尊重」することは出来ます。しかし「異なる意見を尊重」すべしというのはあくまで倫理的な努力義務であり、また「尊重できる意見」と「理解し、承認できる見解」の間には決して埋まらない「溝」があります。場合によっては自己の根本信条と本質的に異なる見解を抱く人に対して倫理的に許せないと思う人もいるでしょう。例えば、「人を殺すことは何も間違っていない」と真剣に信じている人を皆さんはどう思うでしょうか?そんな「意見」は許せないし許されるべきではないと思う人は必ずいるはずです。哲学者の場合は、もっと抽象的な次元でもこれと似たような感情を抱いてしまうこともよくあるわけです。こうして哲学者間だからこそ激しい対立が生じます。それも、自己の中で厳しい批判的検討を経て、その結果として得られた彼においては最良の基本的立場に対してその労力に相応しい自負を持っている真摯な哲学者ほど、そうした批判をすることなく、彼からみれば明らかに欠点の多い立場を平気で唱導する人の知的怠慢が許せないわけです。側から見れば傲慢なだけに見えるかもしれませんが、哲学者達は真剣です。

 

尤も、これが自然科学なら、まだ許せるかもしれません。自然の真実は誰にでも「見える」ものなので、常にそこにあるし、そうであることを第三者に示すことも可能だからです。ところが哲学的な真実というのは深く人格に関わります。また哲学に関して「第三者」というのは存在しません。哲学の議論は常に「私あるいは我々ego/nos」と「二人称の誰かtu/uos」の間で生じ、第三者が第三者として何かを判断することはできないのです。全ての哲学的提言(propositio philosophiae)があくまで誰かの「意見(sententia)」としてしか表現され得ず、客観世界の叙述として理解され得ないのであれば、全ての哲学的「真理」は、それが真理であると理解できる人にのみ「見える」のであって、そうでない人には永久に「見えない」わけです。

 

例を挙げるならば、例えばなんらかの宗教を信じたい人には、その宗教における「神的存在(existentia divina)」の観念が人間の側の無意識的な願望によって生ずるものであるという「真実」は見えない。「自由意志」を信じたい人には、ひとつひとつの人間の行動の真の原因も、「自由意志」が実在するという前提で現象世界の現象を説明することの不可能性も見えない。「偶然」や「奇跡」を信じたい人には、不可解な現象の背後にある自然法則が見えない。人間の善性や「可能性」あるいは「無規定性」を信じたい人には、人間の「自然本性(natura humana)」が見えない。しかし見えない人にとっては、そんなものは「無い」のです。彼らに見えるもの、信じたいものだけが「有る」のであり、見たくないものは見えないし、見えないのだから「無い」のです。

見たくないと思っている人には、哲学的真実はその姿を決して見せない。否、見せることができないのです。Ibn TufailのHayy ibn-Yaqzanの物語の結末など、この点で非常に示唆的です。以下、少しだけ概略を説明します。

 

無人の孤島でどこからともなく生じたHayyは、雌鹿に育てられ成長する過程で、自らの理性の光のみによって真実を獲得していき、中年頃になって遂に「神」の何たるかを理解するに至るが、ある時たまたまこの孤島に流れ着いた文明国(イスラーム圏)の賢人に出会い、彼らが文化的背景を全く共有していないにも関わらずお互いに同じ「真実」を知っているということを発見し感動する。ムスリム賢人の方も、神の啓示(=コーラン)を知るはずのないHayyが純真な信仰と神観を持っていることに感心する。Hayyはそこで「最高の真理」は他の人間と共有できるということがわかり、これをさらに多くの人に伝えようと思い立ち、また文明世界の様子を知りたいという好奇心から、ムスリムの賢人に彼の故郷へと連れて行って欲しいと頼む。元々は故郷の人々の頑迷さに嫌気がさして誰もいない孤島での瞑想生活を送るために全てを捨ててこの地へ来たムスリム賢人は困惑するが、もしかしたらHayyの教説によって人々が「理性に基づく真の信仰」に目覚めるかもしれないという僅かな希望を抱くに至った賢人はこれを承諾する。Hayyと共に再び故郷に戻った賢人は、かつての知識人仲間らを呼び、Hayyは熱心に彼らに自己の知る限りの「真理」を聞かせる。ところが、この知識人仲間達は全くHayyの語る「真理」を受け入れず、ただ嘲笑するのみで、あるいは危険な異端者を見る眼を向けるのみであった。彼が最も信頼する知識人仲間たちでさえこのような反応なのであれば、さらに迷信深い大衆がHayyの言うことに耳を貸すはずがないと判断した賢人は、そのことを肌で感じて失念したHayyとともに孤島へ帰り、二人は共に瞑想的な生活を全うする。

 

これが、Ibn Rushd(Averroes)という卓越したアリストテレス哲学の研究者、The Commentatorが若かりし頃に彼に学問の自由と地位とを与えた大恩師たるIbn Tufailの残した寓話の大要です。ちなみにスピノザはこの書を結構気に入っていたようで、これをオランダ語に訳すのを手伝ったそうです。(Ben-Zaken, 2011, p.63)スピノザが神学政治論(Tractatus Theologico-Politicus)の序文に「この書には、哲学者の役にはたっても一般人の知りたいことは何も書いていないので、哲学者以外の方は読まずに無視してください」などと書いたり、大学教授に推薦されても「私の哲学は公共の場で教えられるべきものではない」と断っていることなどと、上述の寓話には何か親和的なものがある気がします。

実際、スピノザの思想は少なくともその後百年間は敵視され続け、漸くフランス革命黎明期にDiderotやGoetheなどのロマン主義寄りの人たちが評価するようになったに過ぎず、今でも一部にファンがいるだけですし、その多くは意図的により大衆的なものへと誤解できる部分を好んで引用しているに過ぎません。(これは主にフランスや日本のフランス研究者の間で見られる現象ですが、日本でこのポジション(=フランスにおけるスピノザのポジション)にあるのはむしろニーチェかもしれません。(以下余談)日本にはフェミニスト(?)系の女性あるいは「ジャーナリスト」のようなことをしている人、あるいは古代ギリシャ語やラテン語どころかドイツ語も読めないにも関わらずニーチェのファンだという人が結構いますが、本当にニーチェの著作を翻訳ででも真面目に読んだ上でファンを公言しているのだろうかと、常々疑問に思います。一応申し上げておくと、ニーチェが最も嫌ったのはジャーナリズムや新聞、及びこうした大衆メディアで堕落した言語を氾濫させる「擬似知識人」です。彼は新聞や雑誌などは精神を堕落させるから読むなと言っています。また、どうせ何かを読むなら古典ギリシャ・ラテン文学を原語で読むことを絶賛推奨しており、極端にいうなら「vernaculîは基本的にドイツ語も含めて全て堕落しており、特に大衆向けの文章なんかは読むに耐えない。例外は私(=ニーチェ)の著作とショーペンハウアーの著書数点のみ。異論は認めない」がニーチェの基本的姿勢です。)

 

そして、哲学者がこうしたIbn Tufail/Spinoza的なペシミズムに陥るのは故なきことではなく、実際哲学的な根本信条というのは異なる信条を持つ者にとっては決して受け入れることのできないドグマでしかなく、従って本質的に異なるドグマを持つもの同士は決して分かり合えないからなのです。だからこそ思想信条の自由は保証されねばならず、言論の自由が必要不可欠となってくるわけですね。(これがスピノザの神学政治論の枢要です。)真実が何であれ、思想の自由は必然的に要請されざるを得ないのです。「真実は、それを見ようとしない者には見えない。」これを宗教的に、かつ逆説的に言うなら「求めよ、さらば与えられん」ということです。

 

従って、哲学者の言うことはわけがわからない、わかりにくい表現ばかりする哲学者はわかりやすい哲学者より劣っている、あるいは「真の哲学者」は大衆にわかる言葉で「真理」を解き明かし、大衆にそれが真理であると納得させることが出来る、もしくは大衆が真理であると認めていることの他に真理などない、という「イギリス-アメリカ-日本」的な、結果として「常識」を絶対化する一歩手前まで我々を導いてしまう「常識主義」は、少なくともIbn-Tufail以来の「哲学」の伝統とは鋭く対立するという意味で「反哲学的」な発想であるということを再度指摘して擱筆したいと思います。

 

Reference: 

Ben-Zaken, A. (2011). Reading Hayy Ibn-Yaqzan  A Cross-Cultural History of Autodidacticism. Johns Hopkins University Press. Baltimore.