哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais (par un Spinoziste Japonais)

英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

カントの第一アンチノミーが失敗しているという点について

(今回は結構挑戦的なことを書きますが、その割にはところどころ間違っているかもしれないのでご指摘いただければ幸いです。)

 

カントといえば、哲学を知っている人にも知らない人にも何故か非常に尊敬されている、ある種の権威です。日本の西洋哲学史や高校の倫理の教科書などにも、カントを形容するに際して「偉大」という言葉を使う著者は決して少なくない(少なくとも私の記憶にある限りでは)と思います。

 

一般の知識人にカントがなんとなく尊敬されているのは単に彼の厳格な義務論的(deontological)倫理学のイメージの影響かもしれず、そうだとしたらカントは単に孔子と同じようなカテゴリで理解され尊敬されているというだけかもしれませんが、「哲学者」として「アカデミズム」の世界でも異様なほどに尊敬されているというのはこれだけでは説明できません。そもそも通常哲学者というのは批判精神旺盛で、自分が間違っていると思うものはなんでも批判するというタイプの人が多いはずです。

 

にも関わらず「哲学者」にまでこんなに持ち上げらているのにはなにか裏があるのでは、というのはまあ私のような捻くれ者にとっては必然的に生ずる疑問です。

 

この理由は何でしょうか?まずひとつには、カントの、特に形而上学系の著書が非常に難解だというのがあるかもしれません。というのもカントは言葉(ドイツ語に関しても、ラテン語に関しても)の通常の意味とは違う独特の意味で使うので、それを知らないと何を言っているのかわからなくなるからです。幸いにもカントは自分がどの言葉をどういう意味で使うかをある程度明確に指示しているので、それらをきちんと踏まえれば一応読解はできるのですが、まずそんなことをしなければならないだけで疲れますし、一般の読者からすれば敬遠してしまいがちでしょう。「カントは難しい」という印象のまず最も基本的な原因はこれです。そしてこれはカントの思想の崇高さや質の高さを示すのでも何でもなく、単にカントの側の説明努力不足なので別にこれを理由にカントを尊敬すべきだとは私は思いません。ただわかりにくい表現をした人というだけのことです。

 

では、なぜカントはそんなわかりにくい表現をせざるを得なかったのかというと、まずひとつにはカントの思想が当時批判の対象となっていた色々な思想と類似する部分があることから、軽率な読者に「曲解」されて社会的に批判される可能性が大いにあったというのがまずあると思います。(これは私の偏見です。)カントがヒュームを読んで「独断のまどろみ(dogmatic slamber)」から目が覚めたという逸話は有名ですが、これは逆に言えばカントはヒュームを受け入れる以前には彼がのちに「独断哲学(dogmatic philosophy)」と批判する思想を自分自身受け入れていたことを認める発言とも受け取れます。では、カントはどのような独断哲学を受け入れていたのかというと、これまではライプニッツであると一般に思われていたようですが、実際にはスピノザであったようです。(詳しくはBoehm, 2014を参照してください)

 

私が読解した限り、実際カントはスピノザの影響を色濃く受けていると思いますし、逆に言えば「批判哲学」が念頭に置いている「独断論」、特に第一及び第三アンチノミーのアンチテーゼ側とは畢竟カントが理解する限りでの「スピノザ主義」のことだというのも、強ち間違いではないかもしれません。実際カント自身「スピノザ主義は独断論の中で最も一貫している」、あるいは自身の「超越的観念論」が「もし受け入れられないなら、スピノザ主義に陥る他ない」などと述べています。

 

仮にそうだとすると、要するにカントはスピノザ主義者だと思われない為、あるいはスピノザ主義と距離を置く為ににわざわざわかりにくい表現をしたのかもしれないという可能性が出てきます。

 

いずれにせよ、もしカント哲学がつまるところ「スピノザ主義」への反論であり、「経験論」と「合理論」の「綜合」云々はその過程でたまたま生じた結果に過ぎないという風に仮定すると、面白いことが言えるようになります。

 

それはどういうことかというと、つまりカント哲学はこの意味において見事に「失敗」しているということです。どういうことかというと、そもそもカント哲学はアンチノミーを適切に解消する唯一の手段として提出されるのですが、そのアンチノミーが実はアンチノミーではない、とスピノザなら言えてしまうということです。

 

まず、第一アンチノミーに着眼してください。

 

テーゼの側は、「世界には始まりがあり、かつ空間的に限定されている」と論じます。つまり、「外的世界(the external world)は時空間において有限である」ということです。これに対しアンチテーゼの側は、逆に「世界には始まりはなく、空間にも限りはない。時空間は無限である」と論じます。

 

この二つの立場が正しく相互背反的な関係となっているかどうかということ自体が疑問視され得ますが、ともかくカントはこの両方の立場が共に「誤謬」であり成立しないと論じ、対案として「時空間とは、我々の経験的認識が可能となるための条件たる先見的形式である」という解決策を提示します。つまり世界がそれ自体として有限か無限かは我々には知り得ず、ただ我々の認識の形式においてはそれは有限としか認識できない、という微妙な解決案を出すわけです。

 

ですが、もしテーゼあるいはアンチテーゼの片方が一方的に間違っていて、他方が正しければ、そもそもこんな解決案は必要になりません。

 

そこでテーゼとアンチテーゼに対するカントのコメントを見てみると、あるいは見るまでもなく、テーゼの見解が自己矛盾するのは比較的明らかだと思います。もし世界に始まりがあるなら、その始まり以前に世界の始まりの原因がなければなりません。(ex nihilo nihil fit)かつこの原因は時空間的制約を受けない(あるいは時空間を超越している)はずなので、いつどの時点で何が原因となって世界の始まりを開始するのかが説明されません。なのである種の因果律の存在(ここで前提とされているのはスピノザ流のthe Principle of Sufficient Reason [=PSR] です)を認める限り、あるいは少なくともパルメニデスのex nihil nihil fit (無からは何も生じない) を認める限り、テーゼは崩れます。

 

アンチテーゼの方は、もし時空間が無限なら、ある特定の時点に至るまでに無限の時間が「過ぎた」ことになります。しかし「無限」であるということは事象の連鎖が決して完結することのないまま継続するということを意味するはずなので、時間が「過ぎる」、つまり「完結」することはできないはずです。また空間に関しては、我々は無限空間を「有限空間の大集合」としてしか認識できないので、無限空間は矛盾である、とカントは論じます。ところが、この議論は少なくとも自明ではありません。まずそもそも無限空間は有限空間の集合ではありませんし、我々は無限空間を認識できるはずです。というより我々は無限空間の中にいるはずです。(例えば宇宙が無限に膨張する、ということを我々は数学的に理解できます。)むしろ論理的に考えれば絶対的有限空間という方が想像できないと思います。というのも、「限定」というのは何か限定する存在があって初めて可能だからです。何も限定する存在がないのに自己限定する存在というのは自己矛盾です。時間に関しても同様で、有限性というのは我々が自らの存在の有限性を外界に投射する限りにおいて認識されるだけで、これを理由に外界そのものが時間的に有限であると考えるのは不自然です。そもそも時間的有限性というのは何のことなのかよくわかりませんが、空間が無限でかつその中に「膨張」などといった「変化」が無限に生ずるのであれば、必然的に時間も無限であるということになるはずです。また、無限の時空間内に有限存在が有限的に生じ、かつそれが自身の有限性を基準に時空間を細分化して理解するということは可能でしょう。これが本来のスピノザ主義です。

 

要するに、テーゼ側及びカントは自身の存在の有限性を誤って外界に投射しこれを外界の属性であると誤解しているのであり、従ってこの場合に関してはテーゼが誤謬、アンチテーゼが真理という結論が、スピノザの理論に従えば導けるのです。故に時空間を認識の形式であるとして観念化したり、あるいは「物自体」については知り得ないなどと残念な、あるいは「知的に謙虚な」結論を導く必要はないのであって、もしこれが正しいとすればこの時点でカント哲学は大失敗です。

 

それはつまりカントやカントを形而上学的視点から「偉大」だと考えてきたカント主義者達は、200年近くもの間スピノザの哲学を誤解し理解することができなかっただけで、実は何も新しい発見をすることなく自分たちの作り上げた妄想に「微睡んでいた」のだということになります。

 

ではなぜこんな、一見誰でも気づきそうな決定的間違いが見過ごされてきたのでしょうか。その理由は明白です。西洋人も日本人も、およそ人類のmultitudeというmultitudeは皆「自由意志」という妄想が大好きで、場合によっては「宗教/信仰」さえも信じたいと希望する人が圧倒的に多いからです。「スピノザは正しいかもしれないけれど、絶対的に正しいというわけでもないから、とりあえず黙殺してこれとは違う、理論的に一貫した体系をつくろう」というのが「スピノザ以降」の哲学者の暗黙の課題であり、これに最初に成功した(ように見えた)のがカントだったというわけです。なので、スピノザを擁護するというのは西洋哲学においては「論外」なのです。その意味でカント哲学は、カント自身がそう述べているように、スピノザ哲学(の真理性)という「脅威」から大衆を、「信仰」を、「自由意志」を守る防波堤としての役割を果たしてきたのであり、かつ今後も性懲りも無く果たし続けるでしょう。もし上述の反論がより精緻にまとめられもっと広く受け入れられるようになった暁にはカント哲学では不十分だとしてカント哲学自体はお払い箱にされるかもしれませんが、それでも今度は「分析哲学」だとか何だとか、色々と新しい権威をつくりだして「自由意志」やら「信仰」を「哲学的」に守ろうという試みは永久に続いていくでしょう。例えば、最近の英語圏の「分析哲学」における形而上学では、前述の「PSR(日本語では十分理由律と呼ぶようですが、Principle of Sufficient Reasonの方がぱっと見で意味がはっきりわかると思うのでPSRを使います)」を丸ごと否定する動きが主流化しており、PSRを擁護する人は非常に少なく、いたとしてもむしろ信仰心の為に神の存在証明をしたい人に限定され、かつその擁護の仕方も自由意志を認める形の奇妙な変形型を擁護するという風になっています。(例として、Pruss : 2006 を参照してください)このように、「自由意志の擁護」という西洋哲学の中心的課題に部分的にでも成功した人が「偉大な現代の哲学者」として名を挙げ更新され続けていくことは、これまでと同様だと思います。

 

スピノザ哲学は「ヨーロッパ近代」という時代の特殊性のおかげで生存しましたが、別にこの種の思想が表明されたのは初めてではありません。ギリシャの時代に既にエレア派の存在論とメガリア派の論理学の融合は試みられており、スピノザに近い考えはアリストテレス以前に出ていたどころか、アリストテレスも部分的にはメガリア派の論理学を受けて入れているくらいです。勿論アリストテレスはもっと常識的な「可能性」概念に最終的には譲歩し、この「譲歩」こそがアリストテレス哲学の価値だとして再評価されているのですが、ここからも分かる通り、最終的には道徳的、ないし感情的イデオロギーが形而上学的思想の「価値」を審判するということは、古代から現代まで一貫して行われているのであって、スピノザの友人が彼の思想を「エチカ」の名の下で出版したのはとても面白い皮肉です。実際、そうしていなければスピノザももっと簡単に忘却されたかもしれません。Ethicaではなく Tractatus Theologiaeという、ヴァチカン版と同じタイトルで出版されていれば、そしてもし第三編から第五編によって自由意志の否定が不道徳の肯定にはならないとはっきり証明していなければ、読者数は格段に減ったでしょう。ということで、結論としてはやはり「アカデミア」といえども、あるいは「哲学」といえども、いやもしかすると「自然科学」でさえも、「世間」の呪縛から自由なわけではないということですね。カントが世間一般にまで「偉大な哲学者」として知れ渡っているというのも、宜なるかなというわけです。そうしてカントを偉大と崇める人々や「自由意志」を信奉する人たちが実社会において「ポピュリスト」を口汚く罵る時、私は「gnothi seauton/γνῶθι σεαυτόν」というギリシャの格言の真の恐ろしさに身震いします。こうして「理性」は曇っていくのでしょうか?

 

否、実は近現代の哲学史を振り返れば、古代ギリシャに一度その片鱗を見せて2000年近く眠った後、遂にスピノザが「明晰かつ判明」に明らかにした「理性」が本来持つ破壊性を何とか「制限」するということこそが、カントから現代に至るまでの「正統派」近現代哲学の最大のテーマのひとつであり、この正統の流れに真っ向から対立してきた人たちもまた常にスピノザ解釈を通して抵抗してきたのです。つまり理性を「意図的に曇らせる」ことそが正統派現代哲学の課題なのであり、分析哲学と大陸哲学の見かけ上の「断絶」は、あくまでこの課題を遂行するベストの方法は何かという方法論次元での差異に過ぎないのです。従って正統派哲学が「真理」を探求しているとか、理性の光をより輝かせるために存在しているという風に理解していると「理性」の概念を知らぬ間に歪められることになるでしょう。実際には分析哲学も大陸の「現象学」(phenemenology)も、単にスピノザの形而上学という理性によっては否定できない真理を何らかの理性以外の手段(つまり、分析哲学なら「経験的事実/empirical fact」あるいは「常識/common sense」、現象学なら「主観的経験/Subjective experience」)を敢えて理性の上位に置くことで「克服した」と宣言する、本質的に非合理な試みなのです。そう捉える時に、初めていかに「カント」が分析哲学及び現象学両方の「礎」となっているかが見えてくるでしょう。カントは経験論と合理論を「総合」したというのがカント以前の伝統の視点から見たカント像であるとしたら、現代の視点から回想的にカントを見るならば、カントこそが分析哲学と現象学の両方の可能性を規定した張本人であるという風に言えると思います。そうして、だからこそ生粋のスピノザ主義者である(と自己認識している)私から見えば分析哲学も現象学もカントの誤謬を繰り返し再現しているようにしか見えないということになってきますが、まあそれはどうでも良いですね。カントについてはこんなところでどうかなと思います。

 

参考文献:

Boehm, O. (2014). Kant's critique of Spinoza. Oxford University Press.

Kant, I., Banham, Gary, & Smith, Norman Kemp. (2007). Critique of pure reason (Rev. 2nd ed.). Basingstoke: Palgrave Macmillan. (カントの議論に関してはこれを参照していますが、私が自分で訳しています。)

Pruss, A. (2006). The principle of sufficient reason : A reassessment (Cambridge studies in philosophy and law). New York: Cambridge University Press.