哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais (par un Spinoziste Japonais)

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

形而上学的立場と政治イデオロギーの関係について

経験論(empiricism)とは、雑に言えば形而上学(知識論、epistemology)において真理根拠を経験に求める立場です。勿論、経験論の中にも色々と種類がありますが、大まかに言えば「理性主義(rationalism)」と言われる、理性による直観的認識(a priori intuition)に真理根拠を求める立場への批判的立場という点で共通するのが経験論の基本的特徴であると言えると思います。

 

別にこのブログは日本語版の"Stanford Encyclopedia of Philosophy"ではありませんので、細かいことは詳しく議論しませんが、この経験論という立場は、今日の英米哲学や多くの現代思想において支配的な立場であって、日本でもカント主義者から「分析哲学」者まで、非常に広い範囲で「経験(empirical experiences)」との整合性の重要性は広く認識されていると思います。

 

似たような対立軸としては、「科学と宗教」というのがあります。科学はもちろん「経験論」の立場に立脚する側です。しかし「宗教」の根拠は必ずしも理性ではなく、むしろ一般的な宗教においては「啓示」(Revelation)あるいは「聖典(Torah, Gospels, Quran, Veda etc.)」であるとされやすい。従って、実は宗教も含めると世の中には知識根拠をどこに求めるかに関して三つの立場があるのです。

 

そして、「西」ヨーロッパの歴史においてはまず中世以前には歴史があってないようなものなのでいきなり中世からはじめると、まずカトリックの聖典主義からはじまります。人間に得られる全ての知識は聖書に記されていると考えるこの聖典主義は、実際長い間ヨーロッパを支配し、ロシアでは革命前夜までこの考えが基本であったほどです。従って「知識人」とは神学者であり、「知的権威」とは宗教権威そのものでした。

 

これに対して異を唱える「科学者」は中世の時代から少なからずいました。例えばロジャー・ベーコンなどはイスラーム科学との接触を通して13世紀に早くも経験主義的立場を表明しています。とはいえ、デカルトやガリレオが出てくる16世紀までは、まだ宗教の知的権威は重く、ガリレオの事例からも分かる通り、経験に即した知識も全く無視されたわけではないとはいえ、宗教知識と対立する場合には劣位にありました。

デカルトは近代哲学の祖として名高いですが、しかしデカルトはこの流れで言うと実は非常に特異な立場にあります。というのも、デカルトの同年代にはガリレオのように純粋に経験論的な「科学者」もおり、別に聖典主義から経験主義へと一直線で「パラダイム・シフト」が起こってもよかったし、実際にイギリスではそういう風に推移したのです。ところが大陸ヨーロッパではここでデカルトという極めて独創的な「哲学者」が現れ、聖典主義でもなければ経験主義でもない、「rationalism」(合理主義/合理論とも呼ばれますが、文脈上理性主義とした方がわかりやすいと思うのでここでは理性主義と呼びます)を唱えたのです。これは神学者兼科学者という、当時の多くの知識人の立場を根底的に否定するものなので、「デカルト主義(le cartésianisme)」というのは信仰心の厚い神学者からも、あるいは経験論的な科学者達からも非常に嫌われました。(特に英国系の知識人からはひどく嫌われ、かつこの状況は別に今でも変わっていません。笑)例をあげれば、ニュートン(Isaac Newton)、ロック(John Locke)、クラーク(Samuel Clarke)らは皆デカルト主義の批判者です。かつこのうちClarkeは神学者でもありますし、ニュートンは神学者ではありませんが篤信の人です。もちろん、イギリスに理性主義者がいなかったわけではありません。彼らの多くはFree Thinkersと呼ばれますが、Free Thinkersは主に教会権威や神学者の道徳的権威の嘲笑に精を出したので、哲学としては「二流」の烙印を押され続け今日までほとんど無視されています。現代では、例えばSam HarrisなんかはこうしたFree Thinkersの立場に近いものをがあると私は思いますが、やはり「傍流」として扱われていますね。

 

フランスやドイツは神学者の権威が高く、イギリスでは宗教に対して慎重な立場をとる経験科学者の権威が上昇しつつある中で、デカルト主義はこの両方を嘲笑する立場であるとされ、宗教権威からはほとんど感情的に否定され、科学者集団からは「取るに足らない戯論」という扱いを受けてきたわけです。

 

しかしデカルトは数学者としては実に優秀でした。従って数学や幾何学の絶対性を信じる数学主義的、あるいは論理主義的な立場に立つ人達は結構デカルト主義に「かぶれる」人も少なくなく、こっそりデカルト主義を奉じる大学教員達もフランスやオランダなどには結構いたとされています。スピノザは、神学政治論で神学者を完膚なきまでに批判する一方で、こうした「隠れデカルト主義」者の間で一等優れた「デカルト主義者」として認知されることでその名声を築いたのです。スピノザがデカルト以上の合理主義者であるのは、その形而上学から明らかですが、面白いのはスピノザは数学や論理学についてはほとんど何も書いていないというところです。合理主義者としてはこの点は異例です。例えばもっと最近の合理主義者というと有名どころではまずラプラス(LaPlace)がいますが、彼が主に数学者として知られていることは論を俟ちません。ただし、スピノザの「エチカ」のスタイルからして、スピノザがエウクレイデスの「幾何学」を読んでいたしかつ高く評価していたのは明らかです。このように、合理主義は数学と強く関連しています。

 

ということで、もし聖典主義が「人文主義」、経験主義が「科学主義」だとするなら、理性主義はさしずめ「数学主義」あるいは「論理主義」であるということになります。

 

さて、では本題ですが、この人文主義、経験主義、理性主義が政治思想として現れると何になるのでしょうか。

まず、人文主義あるいは聖典主義は、聖書の権威が絶対なのですから当然に神の教えに基づく政治が行われるべきという主張につながるのが自然でしょう。実際聖典主義が強い古代ユダヤ王国やイスラーム教国のようなケースでは神権政治に傾きますし、あるいはインドのバラモン教や仏教におけるような俗権を一切否定する「非政治主義」という形態ををとります。(キリスト教は例外的に聖俗折衷論で、俗権に妥協しつつ寄生する傾向があります。)

では経験主義はどうでしょうか。経験主義の場合、何でも経験してみなければわからない、最初から何が正しいかなんて聖書を読んでも、あるいは優れた理性を持っていてもわからないはずだ、と考えます。とすると、やはり「経験」を積んできた「ベテラン」に任せるのが良いし、そういった経験に基づく「伝統」を守り伝えていくべきだという考えが最も経験主義者の性にあっているでしょう。現に経験主義者であるロックやヒューム、あるいはバークはやはり世俗的保守主義で知られていますね。また、経験主義の立場からは別に宗教をそこまで否定する必要はないので、俗権に介入してこない「moderate」な宗教に対しては寛容主義になります。従ってキリスト教とは相性が良いですが、他のもっと神権主義的な宗教とは相性が悪いです。

最後に理性主義ですが、これは勿論正しい政治というのは当然に理性に基づくべきだと考えます。ここで何が「理性」かという点で意見が分かれ得るので理性主義の政治というのも決して一通りしかないわけではありませんが、仮に「理性」を数学におけるような論理的整合性とするならば、論理的に正しい政治というのは勿論「人間にとって欠くべからざる必然的欲望」という「前提」から演繹的に導かれる政治であるはずです。スピノザとルソーはともに人間の「自然状態」の推察から直接民主制が最も自然であると演繹します。とはいえ、国民が全員理性的な国などないので、直接民主制が現実に実現する可能性は限りなく低く、かつ実現したとしても、理性主義の浸透の結果というよりはむしろ総力戦的戦争の経験による平等意識の浸透などの方が重要な要因であったりします。とはいえ、フランス人の場合は実際に理性の導きによって民主制への移行を実現しようと試みます。フランス革命にあの数学者ガロワ(Évariste Galois)が参加していることが象徴的ですね。ちなみにルソーの母国スイスでは、今日でも直接民主制が比較的重視されていますが、やはり国民皆兵制(男子のみ)をとっています。ちなみに理由は違うでしょうが現代ギリシャも国民皆兵制(男子のみ)という点では同じです。

 

では、世間で最も嫌われるナチズムやファシズムはこの内のどれに当てはまるかと言うと、ナチズムに関しては実は神権政治です。少なくともヒトラー本人はそう思っており、自分を神に遣わされた僕に過ぎないと考えていました。ヒトラーの反ユダヤ主義には、彼あるいは当時の一般的な宗教観(ユダヤ人をキリスト教への脅威と看做す見解)も関係している、というのは学者の世界では密かにこっそり指摘されていることです。イタリアのファシズムもヴァチカンとの協約(ラテラノ協約)の下で成立しているので、宗教との関係は決して悪くはなかったと言えるでしょう。少なくとも現状維持を是とする保守主義や共和的民主主義を目指す方向よりは、神の承認を得た権力者と振る舞う方向にムッソリーニは向いていたと思います。帝国日本がファシズムと言えるかは微妙ですが、日本の場合でもやはり宗教的な天皇への崇敬に基づく忠誠を基礎としていた点で、神権政治的であったと言えると思います。

こうしてみると、反ファシズムというのは実は神権政治への批判であって、「全体主義」一般への批判とは一応区別できるということがわかると思います。勿論経験論的な保守主義者は共産主義に基づく「全体主義」も、あるいはフランス革命をも「全体主義」として否定するでしょうが、他方で理性主義の立場から見れば少なくともフランス革命は「歴史的前進」であったと評価されても不思議ではありません。

ただ、共産主義が理性主義かというとこれは微妙です。というのも理性主義においてはルソー的な直接民主制が理想なので、一党独裁制という形の共産主義というのはむしろ神権政治の巻き返しとも言えるからです。現に実際に現れた共産主義国家はそれ以前までは神の権威に基づく皇帝が政治を行なっていたような国家で、しかも共産主義を担った知識人も長い理性主義の伝統に基づくというよりは急に外来思想であるフランス思想やマルクスなどのドイツ共産主義思想(あるいはそれによって成り立つロシア共産思想)を持ってきて無理に運用したような感じなので、ちょっと歪だと思います。まあこういうハイブリッド的なのもあり得るとしても、もっと良い理性主義政治そのものの実例はやはりアテネの民主政と現代スイスの政治だと思います。これ以外に直接民主制の実例がないので。スイスを見れば、直接民主制を重視することが決してポピュリズムや全体主義に陥るわけでもなく、単純に優れて理性的な国家になることが出来るということがわかりますが、しかしスイスもアテネもやはり小国なので、もっと規模の大きい国で同じことができるかという疑問は残ります。

 

ということで、人文主義が神権政治や君主政治といった絶対的な権威をいただく権威主義的体制と相性が良く、また経験主義は貴族政治や議会制民主主義といった階級制的エリート主義体制と相性が良く、また理性主義は直接民主制(ただし市民の数が比較的少数であるのが前提)と相性が良い、ということに今回はとりあえずしておきます。

(ただしこれは単に形而上学的立場との相性によって概念的に区別しただけで、現実にはファシズムや共産主義全体主義のように、複数の要素を含む複雑あるいは変則的政体もあるので必ずしもこの三つが包括的なカテゴリであるわけではありません。)