哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

六十干支と哲学者の基本的思想傾向について

今回はちょっと迷信じみた記事ですので普段とは色合いが違います。

 

六十干支による性格占いというのは日本や中国では昔からある伝統的な迷信で、現代でも例えば丙午の年には女児の出生率が著しく低下するなど、影響力をそれなりに持っているものです。

ですが、勿論迷信であることは百も承知した上で、あくまで与太話として西洋の有名な哲学者達の生年から彼らの六十干支を探ってみると、実に面白い結果になったのでこれはちょっと記事にしておこうと思った次第です。

では、早速有名どころから行ってみましょう!とはいえ、アリストテレスやプラトンのような古すぎる人だと誕生年がわからないので大体近代以降の人にします。となるとまずはデカルトですね。デカルトは1596年ですから丙申です。デカルトと対照的なブレーズ・パスカルは1623年で癸亥、ちょっと飛んでルソーは1712年の壬辰、モンテスキューは己巳、トクヴィルは1805年で乙丑、反動思想で有名なド・メーストルは1753年の癸酉です。

ここでちょっとフランスを離れてゲルマン語圏に移ると、デカルト哲学の解説書から哲学を始めたスピノザは1632年で壬申、またイギリスのジョン・ロックもスピノザと同い年なので当然壬申、デカルト、スピノザとよく並べられるライプニッツは1646年の丙戌です。デカルトとスピノザ(及びロック)が共に申年なのは面白いですね。ちょっと飛んでカントは1724年で甲辰、実はカントのことが大嫌いだったニーチェも1844年の二週周りの甲辰です。で、ニーチェの尊敬したショーペンハウアーの方は1788年の戊申です。また申年ですね。あとはヘーゲルは1770年の庚寅、マルクスが1818年の戊寅です。ここでちょっとイギリスに戻りますと、ヒュームは1711年で辛卯、古典リベラリズムの代表者ミルは1806年の丙寅です。ちょっとマイナーどころになりますが、自由思想家(free thinkers)の代表格の一人John Tolandは1670年で庚戌、同じく自由思想家のAnthony Collinsは1676年の丙辰です。

こうしてみると近代の有名どころ(+α)に限れば申、戌、寅、辰がやたらに目立つことがわかります。ヒュームだけが例外ですが、まあヒュームは哲学史の中でも異色の存在なので何となく筋は通っている気がします。笑

 

現代になると、まず絶対外せないのはハイデッガー、サルトル、カール・シュミット、ハンナ・アレントの四名ですね。ハイデッガーは1889年で己丑、シュミットはその前年の1888年戊子、サルトルが1905年の乙巳、アレントが翌年の丙午です。ここまでは上述の「申、辰、寅、戌」という近代のパターンとは異なるという意味で「アノマリー」の連続ですが、メルロ=ポンティが戊申、フーコーが丙寅です。そしてグラムシがなんとヒュームと同じ辛卯です。

またグラムシに影響を与えたクローチェは1866年の丙寅、ミルやフーコーと同じです。こうも見事に被ってくると恐ろしいですね。近代のイタリアの哲学者はあまり哲学史に出てこないので触れませんでしたが、実はマキャベリが1469年の己丑でハイデガーと同じです。後はアクィナスが1225年で乙酉、アンセルムスが1033年で癸酉です。

分析哲学系の方はどうかというと、ラッセルが1872年の壬申、フレーゲが1848年で戊申、ヴィトゲンシュタインがハイデガーと同じ1889年で己丑、現代倫理学の祖として知られるジョージ・ムーアが1873年が癸酉、論理実証主義で有名なエイヤーが1910年で庚戌です。

 

ということで、調べて見ると有名な哲学者の生まれる干支には一定のパターンが案外ありそうな感じがすることがわかりました。また、干支が完全に被っている哲学者同士は特に世代が異なっているほど性格というか思考傾向も通ずる部分が多少なりともあります。

例えば、敬虔なカトリックの思想家には酉年が圧倒的に多く、特にアンセルムスとド・メーストルは癸酉で完全に被っています。アクィナスも酉年ですし、カトリックではありませんが倫理学の擁護者であるムーアもやはり癸酉です。なんとなく道徳的な思想家が多そうな雰囲気が出ていますね。

申年はその真逆で、無神論者が非常に多く、伝統的迷信を徹底的に否定する傾向が見られます。まず壬申にスピノザとラッセルが揃っている時点で他はともかく壬申はイコノクラストの年だと言ってしまいたくなります。笑 (因みに私も92年生まれなので壬申ですが、私自身スピノツィストのバリバリのイコノクラストなので例に漏れません。) 他にもメルロ=ポンティ、ショーペンハウアー、フレーゲが揃って戊申ですが、前者二人は倫理思想の次元での理性主義に反対し基本的な人間の欲望に対して肯定的だったという点でスピノザやラッセルに通ずるものが確かにありますし、逆にフレーゲは形而上学的次元での理性(アプリオリ)中心主義を徹底している点でスピノザに通じます。デカルトとロックはまあ他の申年の哲学者に比べれば中途半端というかバランスがとれていますが、ロックの所有権論は実際現代のリバタリアンでもびっくりしそうなほど既得権益層に有利な理論で、全然理想主義という感じではありません。デカルトもあの徹底的な懐疑精神は申年のイコノクラストな側面の表れであると言っても良いような気もします。

またヒュームとグラムシの二人が共に「辛卯」で、他に卯年の哲学者があまりいない中でドンピシャで被っているのも面白いです。この二人に共通するのは共に非常に個性的で、あまり他の哲学者との共通点が少ない例外的存在であるという点です。

カントとニーチェが共に甲辰なのも面白いですね。この二人は全然気が合いそうにないようで、実際似た者同士というか、同じコインの表と裏なのかもしれません。あと、カントが尊敬しカントの人間観をも変えたルソーも辰年です。やっぱり何か通ずるものがあったのでしょうかね。

寅年にはどうも政治思想に関係する人が多いですね。まずいきなりヘーゲル、次にマルクスとミル、そしてクローチェときて最後にフーコーですからね。こうしてみると寅年は何か権力に対して何らかの強い思い入れを持っている人が多いのかなと思ってしまいます。

マキャヴェリとハイデッガー&ヴィトゲンシュタインが揃って己丑なのは一見意外ですが、実はちゃんと共通点があります。この三人に共通するのは乱世に生まれながらも上手く世の中を渡っていく柔軟性です。なんとなく「時代に翻弄される」という言葉がしっくりくるのがこの三人ですね。丑年という点だけならトクヴィルもそうですが、やはりトクヴィルも乱世の人です。

後はライプニッツとトーランド、またエイヤーが戌年ですが、彼らに共通するのは共に哲学者にしてはかなり社交的な方で、むしろ社交界で目立っていたという点でしょうかね。三人とも多才で常に社交界において注目を集めた華やかな人という印象です。

最後に、一応サルトルとモンテスキューがともに巳年ですが、この二人はどう考えてもフランス人であるという点以外にあんまり共通点があるようには思えません。強いて言えば現代の政治思想に多大な影響を与えているという点でしょうか。意地悪な言い方をすれば、教科書にも必ず出てくるし人気もあるのに、主著となる本に関しては非常に難解でかつ道徳的な意味で理性的であるため読むのが疲れるからかちゃんと読む人も熱心な信者も少ないという点が共通するかもしれません。笑

尤も、今回選んだのは誰もが知っている有名な近代以降の(主に形而上学や政治思想で知られる)哲学者+私が以前から個人的に好きな哲学者(スピノザは許されるとして、Toland, Collins, de Maistre, シュミットあたりは完全に趣味で入れました )に限るので、もっと別の分野の人も含めるとまた違った見方が出来るかもしれません。

私は基本的に占いは信じない方ですが、たまたま友達と話しをしていてなぜか干支の話題になり、そこで序でに哲学史上の有名人の干支を調べ出したら何と私が最も自分の思想に近いと思っているスピノザが私と同じ壬申だと知って若干寒気がしたのは確かです。笑

まあ、同じ年に生まれた人間が皆同じような思想を持つようになるわけがないし、生まれ年だけで個人の性格を判断するのはあまりに雑だと思いますが、しかしたまにはこういう雑な思考に身を委ねてみるのも面白いかなと思います。

それではまた次回はもう少し真面目な記事を書こうと思います。