哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

日本のメディアによる「外国」に関する報道について

日本のメディアの外国で起こった事件の報道の仕方には、何か異常性を感じざるを得ません。特にロシアに関する報道はどうも中立性を全く欠いているように思えます。例えば、Yahooに出ている時事通信の以下の記事(

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170718-00000130-jij-int

)などは、ウクライナの東部勢力が新国家樹立宣言を勝手に行ったことに関しての記事ですが、まずそもそも本来「マラロシア」と現地で発音されるべき東部ドネツク周辺勢力の「新国家」「Малороссия」を「マロロシア」と読んでいて、この時点で既に現地メディアから情報を得たのではなく英語メディアからの情報を受け売りしている感を出してしまっています。

その上、時事通信の報道ではドネツク勢力の一方的新国家樹立宣言に対し、同じくウクライナ東部の大都市ルガンスクを支配する勢力は全く賛成していないという以下の英語メディア(

https://www.rferl.org/a/ukraine-separatists-malorussia-criticism-zakharchenko-plotnitsky-poroshenko/28623190.html

)で明記されている点に触れず、単に「ウクライナ東部武装勢力による新国家樹立宣言」とだけ書き、まるで東部側に統一的支配体制が既に確立されているかのごとき印象を与える書き方になっています。

かつ、この記事のコメント欄にはこれを「ロシアの軍事行動」と解釈するコメントが多数上がっていますが、既出の英語メディアにはロシア政府(Kremlin)はこの件に関して沈黙を守っていると書かれています。

つまり、この英語メディアを信頼する限りでは、これは明らかにロシア、ドネツク勢力及びルガンスク勢力の三者の中の不協和音を示唆する事件であって、決してロシア主導のウクライナ東部勢力一丸となった反西側体制の政治行動とは必ずしも言えないという読み方もできるわけですが、そんな解釈の余地は日本のメディアからは少しも出て来ません。

仮に嘘を書かず真実のみを伝えているのだとしても、敢えて伝える情報を制限し一方的な解釈のみに導くのはある意味「偏向報道」なのではないでしょうか。

 

この件に限らず、日本における外国の事件に関するニュース報道は実はかなり杜撰な部分があると私は感じています。そうして杜撰な報道をさらに杜撰に読む読者の偏見がコメントとしてソーシャルメディアや日常の私的会話に氾濫し、行ったこともない国に対する異様な偏見だけが日本の言説空間にやたらに大量生産されていくというのが、これまでの、そして現在の日本の外国報道ではないでしょうか。

 

確かに、外国でどんな事件が起きようと日本人にはそれほど関係はないかもしれません。そんなことは政治家や学者の「先生」方が考えればいいことだし、そういうエリートはどうせ英語できちんと情報を得ているんだから良いでしょうという意見にも一理あるかもしれません。ですが、こうした偏向報道が外交に与える影響が皆無だとは限りません。まず、日本国民の諸外国に対する印象には確実に否定的影響を与えるでしょう。フランスで国民戦線の勢いが少し出たからといって、日本人までをも差別するような差別主義者がフランス人の主流派であるわけではありません。むしろ事実は逆で、国民戦線の代表は訪日もしていますし、日本の一部政治家と多少の関係を持っています。文脈を無視した字面だけ英語メディアからとってきただけの翻訳報道をさらに単純化することで為されるこうした「偏向報道」は、明らかに誰の為にもなっていません。

 

なぜ日本のメディアがこんなお粗末な状態になっているのかはわかりませんが、もっと正確により多くの海外の情報を伝えるという作業を、日本という経済大国のメディアが怠っているという事態は真に問題視すべきものだと思います。

 

非英語圏の大国で、英語圏以上に中立的報道をするメディアというのは実はほとんどありません。非英語圏の大国といえば中国とロシアですが、ともに中立性よりも国益(あるいは政権)を重視する傾向にあるのは明らかです。イスラーム圏のメディアも当然イスラーム的価値観に基づいているか、あるいは英語版では現代のリベラリズムの価値観を前面に押し出す形の報道になり、英語圏以上の多様性が確保出来ているかは疑問です。フランスやドイツも同様で、基本的にはリベラル一色であり、かつそれほど東アジアなど西欧人にとって関心の薄い地域に関しての報道はありません。日本というのはそんな中で異色の存在なのです。というのも、日本は中露やイスラーム圏のようにはっきりとした特定の英米や西欧とは異なる価値観を国是として掲げなければならないほど政治的に不安定なわけではないし、また西欧のように英米の主流リベラルメディアの流れに完全に押し流されてしまう危険性を生む原因になるような社会的状況が国内に存在しないからです。つまり日本の報道はそうしようとさえ思えばかなり自由になり得るはずなのですが、実際には杜撰な外国報道の受け売りが横行しているのが現状です。

 

「国際化」というのは英米のリベラリズムを受容して説教くさいトランプ批判者になることではないはずです。私は英語圏に滞在することで、むしろ英米よりも自由な報道を日本で実現することを目指したいと思うようになりました。幸い、日本には現代において言論の自由をめぐる問題の中で最も重要な課題のひとつである「イスラーム世界の論じ方」という問題を主題化して研究されている池内恵先生のような方もおられます。これは西欧に実際に来て見なければ実感がわきづらいかもしれませんが、池内先生のような自由でかつ学術的価値の高い詳細なイスラーム論を公表することは、英語圏でも非常に難しい状況です。無論日本でも決して容易なことではないはずですし、池内先生のケースは日本の社会システムよりもむしろご本人の資質に負う部分の多い「例外的事例」なのは明らかです。それでも東京大学という日本の最高学府から池内先生のような方が出て堂々と活躍されておられるというのは日本の強みだと私は思いますし、世界に誇るべき点であると思います。こうした土壌を無駄にしない為にも、より正確な報道をすること、また意見の多様性を最大限確保することは重要ではないでしょうか。