哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

フランスの大統領選挙 2017 第一次選

出口調査の結果が公表されました。Le Mondeの情報によると、今の所はMacron氏が23.7%で首位、次点でMarine Le Pen氏が21.9%、これをFillon氏が19.7%で、Mélanchon氏が19.2%で追う、という形になっています。(ちなみに社会党候補のHamon氏はわずか6.2%という不人気です。)

ということで、予想通りフランスでもシルバー・ポピュリズムが猛勢を振るい、Macron氏優勢のままで2017年の選挙は終わりそうな予兆を早くも見えてきました。

第一次選挙でならMarine Le Pen氏がMacron氏を上回る可能性もあったはずですが、第三候補のFillon氏がMacron氏支持を呼びかけるというどこまでも決まりきった儀式を恙無く遂行し終わった後ではMacron大統領の誕生を妨げるものはもう何もないと言っても過言ではありません。

恐らく多くの政治、まして外国の政治になど特に関心もない普通の日本人の方々にとってはマクロン勝利の兆しがはっきり見えたということで仏経済の悪化は免れることが確定し一安心というところかと思います。

逆にマリーンにトランプ氏のような快進撃を期待していた方々にとっては予想あるいは期待を裏切られ少々ガッカリされるかもしれません。

私はフランスの「ポピュリズム」は英米のそれとは大きく異なっているという視点で見ていたのでルペン・ファミリーよりはマクロン氏の方がよほどフランスの文脈で「大衆受け」する「ポピュリスト」であると思っていましたが、案の定マクロン流のサーチャー主義的ポピュリズム、つまり英国風ポピュリズムの直輸入は大ヒットしているようです。

といっても通常メディアのように「ポピュリズム」というマジックワードで読者に煙に巻くことはなるべくしたくないので、なぜマクロン氏が大衆受けするのかというフランス人独特の「ロジック」をより詳細に解説しますと、以下のようになります。

 

大前提: 多くの「普通のフランス人」(=無党派的浮動票層+中道派層)は、国民戦線あるいはルペン・ファミリーの誰かに大統領という権力的地位を絶対に与えないことは政治道徳的義務であると捉えている

 

テーゼ1:多くの「普通のフランス人」は第二次選に残る2名の両方を「右派」候補にはしたくない。

(一般的理由)特にシラク政権の統治に対し否定的印象を持っている中年以上の(リベラル寄りの)有権者層は、シラク政権が誕生した2002年選挙の経験から、最終候補が両方右派候補になることに対する嫌悪感を持っている。また中道派層も第二次選における「バランス」が損なわれることを嫌うフランス人独特の(不可思議な)道義感から、第二次選は右と左の両方から一名ずつ選ばれる方が望ましいと考えている人が多い。

(状況的理由)事前調査などの結果から、ルペン氏の優勢は明らかで、ルペン氏が第二次選挙まで残るのは確定事項とされていた。→ もしルペン氏が第一次選を通過しないのであれば右派候補のFillon氏に投票するつもりであったが、ルペン氏が来ることはわかっている以上、Fillon氏よりはもうすこし「左側」の候補に投票するのがより正しいと中道右派層が考えた原因

 

テーゼ2: 多くの「普通のフランス人」は、フランス(あるいはEUの主要メンバー国)がEUから離脱するなどというのは道義的に考えて「論外」であると考えている

(一般的理由):普通のフランス人は例え自国の選挙であっても自国の国益のみを考えて投票するのは自分勝手で悪いことだと考えている。

(状況的理由):英国における国民投票が行われBrexitが実現したという現状において、フランスが英国と同じ「過ち」を犯すことは何としても防がなければならないという道義的責任を感じる人々が少なくない。

(結論):EU離脱を唱える候補は例えルペン・ファミリーでなくとも当選させたくないという意見が主流

 

テーゼ3:多くの「普通のフランス人」は、国際標準から見れば「リベラル寄り」あるいは「左派寄り」であるはずの見解を「中庸を得た意見」だと理解している。換言すれば、フランスにおいては中線が若干左にずれている。

(一般的理由):一般には国民全体の思想傾向を分類し、「右寄り」か「左寄り」かを相対評価するが、フランスでは「理性/raison」を判断の基準とすることを良しとする人が比較的多く、また理性に基づく判断は「不偏不党の意見」であると考えられやすい。従って「左派」=「理性主義」という図式が成り立つ限りにおいて、フランス人は「左」を中心に据えていると言える。

(状況的理由):米大統領選や英国国民投票という2016年の政治的動きは、フランスにおいては否定的に捉えられており、肯定すべき「新しい潮流」とは捉えられていない。むしろ多くの有権者は一層「右派」に対する警戒を強めている。

 

テーゼ4:多くの「普通のフランス人」は、「テロリズム」を移民や難民、あるいは一般イスラム教徒と結びつけるのは定言的に間違っていると考えている。また、一般イスラム教徒は「過激派」と異なり、事実上「世俗化」させフランス社会に「統合(integration)」することが可能であると信じられており、これを否定することはタブーである。

(一般的理由):まず、そもそも「政治的に正しい」リベラル派のみならずイスラーム教徒側がこうした主張を繰り返すので、非イスラーム教徒がこれを否定することは道義的にも主張の正統性的にも説得力に欠けると思われやすい。また、特定の集団の特徴を一般化すること自体が、例外の存在を無視した非理性的で恣意的な悪意ある「racisme」であるなどとして否定されやすい。

(状況的理由):実際にイスラーム教徒が非常に多く「隣人」として居住している中で、彼らの気に触るようなことを公の場で公言することは道徳的正否以前に単純に原始的な恐怖を伴う。

 

テーゼ5:多くの「普通のフランス人」は、社会党候補は信用できないと考えている。

(理由)オランド政権の失敗。(公約違反など)

 

テーゼ6:多くの「普通のフランス人」は、極左は危ういと考えている。

(理由)あまりに地に足のつかない理想主義的議論ばかりを唱える人はさすがにダメだと通常は考えられている。

 

テーゼ7:多くの「普通のフランス人」は、フランス経済の現状に危機感を感じている。

(理由):経済には詳しくないので解説できませんが、フランス経済はあまり上手くいっていないと一般には言われています。

 

大結論:多くの「普通のフランス人」は、Fillon氏以外のリベラル系有力候補(社会党候補や極左・急進左派系を除く)に投票しなければならないと考える。=マクロン氏に投票するのが最も正しいと考える。

 

この論理は何名かの(普通の)フランス人の話を聞いていて、彼らの考えの共通項であった部分の一部を抜粋することで構築していますので、少ないサンプルに基づくとはいえ大きく間違ってはいないと思います。

 

ともかく、経済的に新自由主義的方向へ進むという点、また既に国民に受け入れられている倫理観に訴える政策を唱えるという点の2点から、マクロン氏は仏流ポピュリズムの権化であると私は見ています。

そもそも、選挙に勝てない人をポピュリストと呼ぶこと自体が矛盾を含んでいるのではないかなというのが私の個人的見解です。逆に常に選挙に勝つような常勝政治家こそが真のポピュリストではないでしょうか。どういう発言が大衆に受けるかというのは時代や国によって変わるでしょうが、この変化に合わせて権力にしがみついてこそポピュリストだろうと私は考えています。この視点から見れば、長年政治活動を続けているベテランでありながら選挙に勝てないFN候補はむしろ異端の革命家であって、パンとサーカスで民衆を愚弄することで権力を維持する真性のポピュリストとは似ても似つきません。

今回のルペン氏の第一次選におけるマクロン氏に対する敗北は、ルペン氏がポピュリストではなく異端の(反動的?)改革者であること、また欧州の政治家にとって「政治的正しさ」に逆行することがいかにリスクの大きいことであるかということを改めて示すことになったと思います。

そろそろ「政治的に正しくない」候補を権力を得ないうちからポピュリスト扱いするのは語義的に無理があるという認識が広まってきてもいいのではないでしょうかとぼやいて擱筆してしまいましょう。

 

既存政党という基盤を持たないマクロン政権が実際のところどういうものになっていくのかについては、詳細が判明し次第私の理解の範囲で適宜解説していきます。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

P.S. マクロン氏の経歴については、アゴラで八幡さんの記事に簡潔にまとめられています。 この経歴を見れば、マクロンという人がいかにも年上に好かれるタイプの「若者」として生きてきたこと、また彼がいかに権力志向の強い人かというのがよりはっきりします。