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哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

西欧大手メディアはやはり「フェイクニュース」だった - 知的エリートの凋落

今英語圏で大変な話題になっていることについて、日本では実に断片的で偏った報道した出ていないようなので、今の私が書いてもほとんど影響力は無いとは知りつつ一応書いておこうと思います。

YouTuberとして最も成功した人と言われているPewdiepie(本名:Felix Kjellberg)は、最近は特にネット上のコメディアンとして知られている人です。元々はテレビゲームなどのオタク的な趣味にコメディを混ぜたネット世代の若者向けの動画を配信していて、それを通じて有名になっていったのですが、有名になり「億万長者」とまで言われるようになって以降は、既存メディアの彼に対する態度や実態を徐々に知るようになったせいか、何かと「Political Correctness」を嘲笑する(英語ではこれをtrollingと言います)ような動画も出してきました。

その中の幾つかをWSJ(Wall Street Journal)のジャーナリストが三人がかりで入念に調べ上げ、彼に対する個人攻撃に使えそうな部分をほじくり出して繋ぎ合わせて、本人に全くそんな意図はないのは(ちゃんと動画を見ている人には)明らかであるにも関わらず「Pewdiepieは反ユダヤ主義者(anti-semite)である」というデマをでっち上げてしまったのです。J.K. Rowlingまでもがこれに加担し、「彼はファシストだ」などと断じています。

WSJはこの実に悪意ある報告をYouTubeとPewdiepieのスポンサーであるDisneyに対して送りつけ、事態を重く見た(というより、YouTubeとPewdiepieの関係はそもそもあまりよくなく、これまでも何度かYouTubeはPewdiepieに対して陰湿な嫌がらせをしてきているようです)YouTubeは彼のシリーズ(Scare Pewdiepie2)を中断し、また「advertiser friendly」なGoogle Preferred schemeのリストから外すなど、既に制裁を行なっているようです。またMaker Studiosを通じてPewdiepieとスポンサー契約を結んでいたDisneyは契約を解消したと報道されていますし、PewdiepieのTwitterアカウントは一時凍結されています。

では、何が「問題」となったのでしょうか。彼の動画の粗探しを徹底的に行なったWSJのジャーナリスト達によると、昨年8月から彼が発信した動画の内9つに問題があるようですが、決定的とされ今BBCやThe Guardian、The Independentなどの英国系主流メディアをも含むほぼ全ての既存メディアで繰り返し報道されているのが、次の動画です。(別人によって抜粋されたものです。)

www.youtube.com

ご覧いただけばわかりますが、英語はよくわからないという方の為に一応簡訳すると、要するに$5払えば「何でも言ってあげる」というクラウドサイトがあって、「本当に何でも言うんだな?」ということで、西欧人なら(仮令心の中でそう思っていたとしても)公衆の面前やネット上では絶対に言わない(というか言えばまず間違いなく逮捕される)「Death to all Jews(全てのユダヤ人に死を)」というメッセージを入力し、しかも「それはどのように発音するのですか」という項目には「Sub Scruibe 2 Keeeem Staaar」(Subscribe to keemstar - keemstarというのは別の有名なYouTuberです。)と入力するなど、明らかにふざけたもので、これを受け取ったFunnyguysというインド人?の二人組がこれを実行するのですが、注文通り「DEATH TO ALL JEWS」と書かれた紙を見せながら、「subscribe to keemstar」と高らかに宣言し、これを見たPewdiepieが「マジかよ」と言わんばかりの驚愕した顔でこれを見届けるという動画です。

これを「決定的証拠」として、WSJはPewdiepieを「Anti-semite」と決めつけオンラインの世界から叩き出そうと躍起になっているのです。英語圏では日本でいわゆる「パヨク」ないし「市民活動家」と揶揄されるような社会正義に燃え過ぎて空回りしている人々をSJW(Social Justice Warrior)と言いますが、WSJが本当にSJW化したという洒落にもならないジョークが現実となっているというわけです。

無論、日本のメディアは西欧の大手メディアを真に受けますし、しかもPewdiepieのことを単に世界で最も経済的に成功したYouTuberとしてしか知らない多くの日本人は特に関心さえ持たずに「ふーんそうなの、で?」で終わらせてしまうでしょうから、誰も何も言わなければメディアの報道をそのまま信じてしまうでしょう。かつ日本人で英語がわかる(聞き取れる!)人というのはほとんど帰国子女か相当な知的エリート、つまり「Politically correct」な文化にどっぷり浸かっている人が圧倒的に多いでしょうから、私のような無闇に「PC」に反抗的で、しかも比較的自由な立場にある「英語の出来る(読み書きだけではなく、会話や聴解も一応はそれなりに出来る、という意味です)日本人」というのは残念ながらそうそういない(本当はもっといてほしいと思うし、またいるなら是非もっとご活躍していただければ幸甚です)ようですので、つまり私が何も言わなければ誰も真実を知らずに「Pewdiepieは反ユダヤ主義者としてDisneyからスポンサー契約を切られた人」という報道だけが一人歩きしてしまうのかなと思い本稿を執筆しているという次第です。

これ、しかし実は大変なことですよ。今となってはアゴラに投稿してこの愚かしさを広く知らせることができないのは非常に残念ですが、しかしそれでもこの「事件」は日本でも「西欧メディアの歴史的大失態」として記憶されるべきものです。

というのも、実際に権力を得ようとしている政治家であるTrump氏に対するメディアの攻撃は、Trump氏側に非があると思われる部分も多少はあったしまたそもそも「権力のチェック」を最大の使命とするメディアが政治家を批判することは一応許容されるべき範囲だと私はこれまで思ってきました。

しかし単に億万長者だというだけでこんな酷いでっち上げをしてまで一人の人間の社会的生命を奪おうとするなんて、もう人道的に許される範囲を超えています。幸いPewdiepieは支持者の多い有名人なので、今英語圏のネットユーザーの間では彼を支持し守ろうという声が続々と集まってきてはいますが、これがそれほどの影響力を持たない名も無き一般のちょっとした有名人に過ぎない人だったとしたら。

トランプ氏は就任当初こんなことを言っていました。「私はまだ恵まれているよ、だって(Fake Newsに対して)言い返せますからね。しかしそうでない人、つまりこれ(マイク)が手元にない人、こういうメガフォンのようなものを(言い返す機会を)持たない人はどうなるだろう。とても悲しいことだが、私はメディアに社会的に殺されてきた人々をもう何人も見てきた。そして、こんなのはフェアじゃないと私は思います。」

今、Pewdiepieとの関連で改めてトランプ氏を見ると、なるほどねぇと思わざるを得ません。これが大手メディアというものなのかと。私もトランプ氏の躍進をある程度は期待していた方であるとはいえ、本当に勝てるとは思っていませんでしたし、大手メディアにもまだ一定の敬意を持っていたし、読むべき価値もあると思っていたし、また実際に(批判的にではあれ)読んでいました。

しかし今回のPewdiepie騒動にはさすがにもう擁護すべき点は全くありません。心底呆れるばかりです。確かに「Death to all Jews」は悪ふざけが過ぎているし、あまり褒められた冗談ではないでしょう。しかしだからこそ彼はそこを試したのであって、彼もまたこれを実行した"funnyguys"もこれについては公に謝罪しています。

とはいえそれ以外の「問題」は完全に言いがかりです。ただHitlerの映像を少しでも自分の動画で「ネタ」として流しただけでAnti-Semiteだと言うのですか?フランス映画の名作 Intouchablesでは少しだけ「ヒトラーネタ」が入っていますが、Pewdiepieの動画でもあの程度の扱いです。まさかSJWはIntouchablesまでAnti-semite扱いするのでしょうか。冗談が通じないにもほどがあります。

これで良いのでしょうか。こんな知的醜態を晒している知的エリート達は、他方では暴力的なデモでもその対象が「fascist」であるなら正当だなどと宣う御仁なのです。そういう過激性を持つ人々に「fascist」扱いされるというのは、今の西欧社会の文脈では経済的損失や社会的名誉への傷以上に脅迫状を堂々と公衆の面前で渡されるのと同じですよ。ましてPewdiepieはスウェーデン人ですからね。一応ヨーロッパなのでカリフォルニアやシカゴよりはマシだとはいえ、スウェーデンで「fascist」扱いされれば誰に何をされるかわかったものではありません。

本当に酷いことです。こんなのは「集団いじめ」以外の何でもありません。日本のメディアはせめてこんな下衆な「祭り」には加担しないでください。せめて日本だけでもユーモアを保てるようにしようじゃありませんか。以前から何度も指摘しているように、このような現代西欧の異常性から眼を背けて日本における「言論の自由」を当然視するのは危険ですし、そもそも日本には日本なりの別の「禁止コード」が存在しているので日本の「言論の自由」が完全だとも言えませんが、しかし西欧のこの残念な凋落には断固反対し、日本から率先して自由を守り、また拡大していこうじゃないか、というのが海外在住者である私の提言であり、また切なる願いでもあります。

無論Hate Speechを野放しにしようというのではありません。本当に脅迫的なものは当然取り締まられるべきでしょう。しかし人からユーモアを奪うのは、もはや独裁政治と変わりません。笑えない、というより冗談ですらないHate Speechは擁護する必要はありませんが、こんな風にジョークを殺してはいけない。

ですから日本の皆様は、西欧の主流メディアだからって簡単に信用せず、批判的視点を持って読んでいただければと思います。もうメディア依存はやめましょう。常に信用できる「大手メディア」など、結局どこにもありません。少なくとも西欧にはありませんし、西欧にないなら政府系メディアの露骨な偏向を許している他の国にもないでしょう。大手メディアの著名人に対する人身攻撃からも、大衆的なHate Speechからも距離をおけるような批判的思考を養いましょう。こんな時代に信用できるのは結局はきちんと他人をも自分をも批判的に見られる人だけです。私は、わざわざこの私の長たらしい論考を読んで下さるような方々はそうした批判的思考を既に身につけておられる立派な方々であると信じています。(批判的にものを考えることもしないような人なら、何が嬉しくて何の権威も権力もお金もないただの若い変わり者である私の小難しい駄文を読むために貴重な時間を割くでしょうか。)

ということで私は自分の論考の読者をかなり信用していますので、その前提の上で敢えて言います。西欧の既存メディアが信用できるという時代はもう終わりました。もう大分前から終わっている、終わっているという指摘は方々から出ていましたが、今回のPewdiepieの騒動のおかげでほぼ完全に決着が着きました。既存メディアは終わりです。Pewdiepieは恐らくこの戦いに勝利するでしょう。その時、既存メディアの信用はもう地の底です。

彼らは世界情勢の分析や世界の貧困問題について真剣な論考を書くよりも、またお得意のトランプ批判に時間を割くよりも、人畜無害な一介の市民に過ぎないちょっとした有名人の「失言」をあげつらうことに三人もの人員を投入し「分析」させてまで「PV稼ぎ」に奔走する(しかもWSJのPewdiepieに関する記事はsubscribeしなければ読めません!)ほど凋落しているということを、全英語話者に対して自ら周知してしまったのです。Pewdiepieは、腐っても最も稼いでいるYouTuber、その影響力はWSJの「有料記事」とは比較にもなりません。

これからは、PV稼ぎに走っていない真面目な論考を読んでください。日本や海外の大手メディアではなく、池内先生のFBや中東風姿花伝など、日本の良心的な学者の方々が無料で公開しているブログなどを最初のスタート地点として、既存メディアを批判的に読む習慣を身につけてください。また学術書や古典は仮令それがエリート的なものでもどんどん読んでください。学問の世界には一応まだ批判精神の伝統がまだそれなりに残っていますから、それなりに得られるものもあります。

いやはや、それにしても西欧もいよいよこうなってしまったか、というのが私の正直な感想です。こうなってくると、リベラル派の凋落をもたらしたのは他でもない、案外リベラル派自身の「貧困」なのかもしれないと思わされます。