哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais

英国在住の日本人の視点から英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

米国政治学者Jennifer Lind氏の日本の再軍備容認論?

Jennifer Lindという米国の政治学者がForeign Affairsに寄稿していた記事、"Asia's Other Revisionist Power"にあった記述は、私の政治的立場を説明するのにちょうど使いやすいものであったので少し御紹介いたします。

まずは以下をご覧ください。Lind氏は中国の南沙諸島への進出等といった東アジアの地域的脅威という状況の中、日本はどのように行動することが期待されるかという点に関して以下のように述べています。

So far, Japan’s response to China has been restrained. Although changes in the Japanese defense posture often generate alarmist headlines, Japan’s actions to date have been modest, especially when compared with how great powers normally behave when confronted by a rising power in their neighborhood. The Japanese public is preoccupied with a lagging economy and an aging society; it has no interest in military statecraft and has disapproved of the security reforms pushed by Abe and other conservatives. But as the world’s third-largest economy, Japan has tremendous latent power; a sufficiently alarmed Tokyo could decide to increase its military spending from the current one percent of GDP to two or three percent—an undesirable outcome for Beijing.

つまり(英語圏では)日本の「防衛」に対する態度が変わるたびに警告的なニュース報道ばかりが出てくるが、これまでのところ日本の行動は「modest」であり、また日本人は「安倍首相の進める軍拡」に非常に批判的であって、危険なほど軍国化しているとは到底言えず、それよりも経済の停滞と高齢化社会への対応に追われている普通の国なのであるから、むしろその力を中国の脅威に対抗する米国の同盟国として使ってもらっても良いのでは、ということです。

また、Lind氏はこうも述べています。

Chinese officials argue that U.S. interference has caused its neighbors to respond with alarm, but China’s own revisionism is to blame. Consider that for the past 60 years, even as Washington constantly entreated Japan to play a more active military role in the U.S.-Japanese alliance, Tokyo stepped up only when it felt threatened, as it did in the late 1970s when the Soviet Union launched a military buildup in Asia. Today, Japan is responding not to U.S. pressure but to Chinese assertiveness. Beijing must understand how threatening its actions appear if it wishes to successfully manage its relations with its neighbors and with Washington.

簡単に言えばアメリカの介入こそが周辺国の過剰反応を起こしたと中国側は言っていますが、悪いのは明らかに周辺国を刺激している中国の方だということですね。

西欧による「revisionism」への批判が、日本に敵対的な態度をとる国家へと向けられている時にはこれが日本にとっていかに心強いものであるかは一目瞭然だと思います。Lind氏は中国に対する懸念と批判を強めるあまり、ほとんど日本の再軍備を認めるところまで行っています。大国によるrevisionismというのは、それほど政治学者の意見を硬化させる(のを正当化する)ものなのです。

私は以前も「revisionism」という批判(それが歴史に関してのものなら歴史修正主義と訳されますが、同じ言葉です)を英語圏からされることは非常に手痛い傷であるということを指摘しましたが、それが仮令日本の法律上は「言論の自由」の範囲とされるとしても、国際的な「公共の福祉」を害していると判断されればこういうところで決定的な批判理由とされてしまうわけです。幸い今は日本よりも中国に矛先が向いているので良いのですが、こちら側もなるべくこういう欠点を避けておくに越したことはありません。

歴史問題に関しては、共産党が瓦解し中国が自由化した後であれば、一般の中国人にも自由な歴史研究が解放されて自然に「真実」が明らかになってくるでしょう。少なくとも自由化した後であれば純粋に学問的な論争として展開し脱政治問題化できる希望があります。相手が共産党である間はこの問題の解決を焦ること自体が得策ではない。相手側が聞く耳をもっていないは明らかですからね。それよりもまず中国を解放して、イデオロギー的反日に終止符を打つことが先決です。そこまではアメリカも国際社会も望んでいることですから。

日本人ももっと大局的視点から言論をしていけば、西欧はちゃんと日本の冷静な姿勢を評価します。相手が不当な主張をしてきても、こちらが同じことをする必要はないのです。むしろ同じ土俵で戦うべきではないでしょう。日本人の「我慢」の成果は出ています。アジアに対する排外発言は抑えつつ、着々と西側の了承を得られる範囲で安全保障を拡充させて行きましょう。そうすることで「彼ら」は自然に黙るようになるはずです。日本人に不毛な論争なんて似合いません。実力を静かに示すだけで良いのです。