哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais (par un Spinoziste Japonais)

英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

哲学

マルクス・ガブリエル(Markus Gabriel)の「現実性(reality)」概念

先日(4月27日)は私が在籍しているダラム大学においてマルクス・ガブリエル氏が講演を行なっていたので、私も聴講してきました。*1(以下敬称略) *これから書くことはあくまで私が理解する限りでの話ですので、「このブログの筆者が解釈する限りでの」マ…

マルクス・ガブリエル(Markus Gabriel)の「新リアリズム(New Realism)」の簡単な解説

Lecture Markus Gabriel: The World Does Not Exist - YouTube 上のリンクは、最近流行り(?)らしいMarkus Gabrielさんのオランダにおける講演動画です。質疑応答が結構いい感じでわかりやすいので私が見た限りでは英語版はこれが最もお勧めです。 Markus G…

日本のアカデミアにおけるスピノザの誤読について

正直今まであまり意識したことがなかったのですが、どうも日本の「哲学系アカデミア」- と言っても狭義の「哲学者」である大学教員のみによって構成されているとすると限定するとあまりにも狭い世界なので、もう少し広く一般に哲学者とメディア上で扱われて…

なぜ18世紀以降の西洋哲学は腐敗しきっているのか

今回は相当挑戦的でかつ論争的なことを書きます。 といってもいきなり難しい話をするのもブログとしてはどうかと最近気付いたので、まず私の個人的な思索の経緯から話しましょう。 1.私の「哲学」観 実は私は結構前から現代西洋哲学に言い知れぬ違和感を感じ…

「真実」について - truth, aletheia, veritas, rta, pravda, 「まこと」、「眞」の意味の差異から見える思想文化の違い

(今回は自分用に硬めに書いていたのをやっぱりブログに載せることにしたので、硬い表現のままですがご容赦いただければ幸いです。) 本稿はあくまで筆者の遊戯的推論であり、決して学問を僭称するものではないということを最初に断っておく。 各々の言語に…

日本に哲学なし?(新年のご挨拶もかねまして)

読者の皆様、新年明けましておめでとうございます。 皆様におかれましては、本年度も益々ご健勝いただかれることを切に祈念し申し上げる次第です。 さて、新年早々ではございますが「わが日本、古より今にいたるまで哲学なし」*1と中江兆民が嘆いて100年以上…

自分の考える「真理」を理解してもらうことの難しさ- Hayy ibn-Yaqzanの「真理」観

最近Ibn TufailのHayy ibn-Yaqzanの英訳を改めて読みました。この本は現実的にも歴史的にも色々と示唆的です。Hayy ibn-Yaqzanのメインテーマは理性のみに基づく「独学」という形で得られる知識の可能性を示すことですが、今回はHayy ibn-Yaqzanのサブ・テー…

カントの第一アンチノミーが失敗しているという点について

(今回は結構挑戦的なことを書きますが、その割にはところどころ間違っているかもしれないのでご指摘いただければ幸いです。) カントといえば、哲学を知っている人にも知らない人にも何故か非常に尊敬されている、ある種の権威です。日本の西洋哲学史や高校…

形而上学的立場と政治イデオロギーの関係について

経験論(empiricism)とは、雑に言えば形而上学(知識論、epistemology)において真理根拠を経験に求める立場です。勿論、経験論の中にも色々と種類がありますが、大まかに言えば「理性主義(rationalism)」と言われる、理性による直観的認識(a priori int…

哲学は役に立たない?

「哲学は役に立たない」という議論(いや、議論でさえなく、たいていの場合はassertionですね)は日本では非常に頻繁に見かけます。 実は西欧(特にイギリス)でも哲学を勉強しているなんて言うと、「で、就職はどうするの?」と聞かれることは多いです。笑 …

スピノザ及びライプニッツの「充足理由律」について

日本ではスピノザってどう読まれているのかなと思って2chねるでスピノザに関するスレッドを見ていたら、スピノザと「充足理由律」の関係がどう捉えられているのかという質問を見つけ、答えようかと思いましたがスレッド自体が古いのでどうせならブログに書い…

「真の哲学」とは何か

日本では「真の〇〇」というフレーズは至る所でよく聞かれますが、哲学に関してもこれは同様です。「アカデミック哲学」あるいは『「哲学」学』などと揶揄される、大学における研究者の哲学研究に対置されるものとしての「真の哲学」あるいは「本物の哲学」…

スピノザと日本の関係(1)スピノザの形而上学

Pierre Bayle(1647-1706)という、スピノザと同時代を生きたフランスのとある哲学者は、スピノザの哲学を「日本人の哲学だ」と評し批判しました。この時代の「日本人の哲学」がどんなものだと思われていたのか非常に興味がありますが、一般に西欧の研究者の…

日本人知識人の責任 - 戦後リベラリズムが向き合わなかった問題 réflexions sur la question "non-japonaise"

「日本人」であることに伴う責任というのがあるとしたら、それはなんでしょうか。 よく言われるのは、以下の三つでしょう。 1. 旧植民地のアジア諸国に対して歴史的責任を負わねばならない 2. 戦勝国(特に米国)に対して彼らが日本に対してとった敗戦終盤に…

日本における「言論の自由」について - 啓蒙主義リベラリズムの立場からの「天皇制」擁護論

「ポピュリズム」の台頭ないし有権者の「右傾化」を受けて、ヨーロッパでも徐々に「言論の自由」への事実上の規制があまりに苛烈過ぎたのでは無いか、という声が「リベラル派」の内部にも生じてきているようです。私は体調不良で行けなかったのですが、先日…