哲学書簡 - lettres philosophiques sur les Anglais (par un Spinoziste Japonais)

英国人の考え方などについて徒然と書いていきます

「『新潮45』小川榮太郎氏「触る権利」論騒動の本質」への補足

今朝付でアゴラに『新潮45』小川榮太郎氏「触る権利」論騒動の本質 – アゴラを投稿させていただきましたが、Twitter上での反応を見ているとイマイチ理解されていない感があるので補足します。

 

1.「痴漢は犯罪だ」「犯罪とLGBTを同一視したところがおかしい」という批判がリベラル界隈に見られるようですが、(例えば以下のLITERAの記事など)そもそも現行刑法で何が犯罪と規定されているかということと、政治哲学的な次元における議論とは一応別です。
ここでは、「なぜ痴漢は犯罪と規定される"べき"なのか」という、法規範を支える当為論の次元まで踏み込んで議論しているのであり、「刑法に犯罪と規定されているから痴漢はダメだ」という概念法学的な法技術論の論理は採用していません。
もし「刑法に犯罪と規定されている」という事実だけが痴漢が認められないことの唯一の理由だとするならば、例えば現行法によって同性愛が犯罪と規定されているという条件下ではやはり同性愛も認められないと言わざるを得ないでしょう。実際、イスラーム圏の一部の宗教法や第三帝国時代のドイツ法では明確に「違法」と規定されている。そういった場合に、「それでも同性愛を犯罪と規定することそのものがおかしい」と言う為には、「なぜそれが犯罪と規定されるべきなのか」(あるいは犯罪と規定されるべきでないのか)を現行法以外のなんらかの高次の原理に基づいて理論的に説明できねばならず、例えば西洋における通常の「哲学的」議論においては「権利侵害」の程度を考察することが、ある行為が犯罪とされる「べき」か否かを判断するひとつの基準になっています。現行法において何が「犯罪」であるかという点は、法の正当性それ自体を検討の対象にする哲学的な議論においてはirrelevant(無関係)です。

 

2. 1と若干重複しますが、「痴漢は犯罪、LGBTは犯罪じゃない」という区別をする人というのは、ではもし刑法の規定が変わって痴漢が刑法的に犯罪でなくなってしまったとしたら、これを「やっていい」という立場をとるつもりなのでしょうか?そうだとしたら、それこそ私はそういう人達の見識を疑わざるを得ません。刑法の規定が何であれそんなことをやって良いとは必ずしも言えない。例えば、他人の基本的権利を尊重することは立法事実以前の道徳的義務であると理解するならば、刑法規定が何であれダメなことはダメであり、逆にこの道徳的義務に反するような法律(例えば特定集団に対する差別を強要するような法律)には法規定違反者(=犯罪者)として処罰されるリスクを犯してでも反抗すべきという立場も導けるのではないでしょうか。(私が「権利」論の次元での議論に終始したのは、この立場を取るが故でもあります。)法律至上主義というのは、結果として全体主義に追従する心性だと私は思います。「リベラル」を標榜している人でさえ積極的に概念法学的思考を堂々と表明していることに、私は日本の危うさを感じます。

 

3. 「犯罪者とLGBTを同一視するな」という批判は、かなり問題含みな批判だと私は考えます。というのも、この批判は暗に「犯罪者は差別されて然るべきだ」ということを当然の前提としているように読めるからです。言い換えれば、「犯罪者に対する差別は当然正当であるが、LGBT差別は不当で、従ってLGBTを犯罪者と同列に語ることは許されない」という考え方そのものが、ある種の差別感情を露骨にむき出しにしているのではないかと思います。かつて日本では部落差別というのがありましたが、その差別を正当化していた論理の一つは、彼らが「犯罪者」あるいはその子孫であるから、というものです。もちろん犯罪者に対する差別意識というのは日本だけでなく諸外国にも見られますが、死刑制度を温存している日本やアメリカ等ではこの差別感情が特に強い。しかし、リベラリズムの要請からすれば、犯罪者に刑法が規定する以上の罰則を科すことは不当であって、社会的な犯罪者差別など全く認められないと言うべきはずです。現にヨーロッパでは(特にイスラーム系移民による犯罪という文脈で)そういった機運が高まっていますが、日本ではリベラル派も積極的に犯罪「者」憎悪に加担しているところに、「日本のリベラリズム」の限界を感じます。もちろん「反差別」を唱えず、むしろ伝統的差別を肯定するということを信条にしている人が犯罪者を差別するというのは論理的に一貫しているので一応筋は通りますが、「反差別」を唱えながら必要以上の犯罪者差別を肯定するのは容認し得ないダブル・スタンダードではないでしょうか。

 

以上です。何か反論があればどうぞ。